週刊弐式(ry

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■忍者の歴史■

■忍者の歴史■

1 名前:日本@名無史さん []: 2007/03/24(土) 21:32:03
忍者とは
何処から来て
何処へ去っていったのか

スレが無いので立ててみたよ~ん

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18 名前:日本@名無史さん []: 2007/04/21(土) 06:15:29
池波正太郎の「忍びシリーズ」とりも面白いよ。
フィクションだけどね。忍びの旗は特に良かった記憶がある。

甲賀の忍者屋敷には、過去二度ほど行った。
http://www.kouka-ninjya.com/

当時は、堀や高垣根を巡らした屋敷も相当にあったといわれており、
個々の屋敷がまるで城(砦)の機能を有していたらしい。

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21 名前:日本@名無史さん []: 2007/04/23(月) 23:37:05
最後の活躍は島原の乱らしいな。
太平の世に忍者は職を失いましたとさ。
江戸時代中には超極秘だったはずの忍術が本になっちゃった。


23 名前:日本@名無史さん [sage]: 2007/05/01(火) 00:24:58
>>21
忍者はともかく公儀隠密は幕末まで残った。間宮林蔵が有名だな。
多くの公儀隠密が薩摩にだけは浸透できなくて「薩摩飛脚」と呼ばれて
一旦薩摩に入れば戻ってこれないと言われていたが、
間宮林蔵は薩摩での諜報に成功している。

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27 名前:日本@名無史さん []: 2007/05/09(水) 09:13:28
かなり昔だけど、TVで現代の忍者が出てたのを思い出した。
甲賀の忍びの家柄のオッサンで普通の職についてるんだけど、通勤中は股に鉄球を挟み込み拳を打ちつけながら運転。
当然、手はものすごい拳タコでゴツゴツ。
夜は鉄板の上に針を落として集中力と聴覚の強化。
他にも何やかんややってた。
「カッコイイけどこんな時代に何してんだろう?」と子供ながらに思ってた記憶がある

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30 名前:日本@名無史さん []: 2007/05/10(木) 13:28:24
「推古天皇十年冬十月、百済僧観勒来之、仍貢暦本及天文地理書、并遁甲方術之書也。
(推古10年冬10月に、百済の僧の観勒がやって来て、暦の本、天文地理の書それに遁甲方術の書を貢いだ。)」(紀)

この「遁甲」というのは、占いのようなものだという解釈もあるが、忍術のことだという説もある。
少なくとも、ずっと後の時代では、遁甲=忍術 である。

また、天武天皇即位前紀の「能天文遁甲(天武天皇は天文遁甲が得意だった。)」(紀)も有名。
天武天皇=忍者 と言い切る説もあった。

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33 名前:日本@名無史さん []: 2007/05/11(金) 12:20:03
裏柳生って忍者なの?確か、初代裏柳生は千葉真一だったよな。


48 名前:日本@名無史さん [sage]: 2007/05/13(日) 03:19:39
>>33
たしか裏柳生とは尾張柳生連也が浦姓だったからだとか


49 名前:日本@名無史さん []: 2007/05/13(日) 15:08:57
オー博学だな!
浦氏が忍者みたいな諜報活動をしたの?


50 名前:日本@名無史さん [sage]: 2007/05/14(月) 01:27:33
と言うか柳生連也斎厳包=幼名島新六。あの島左近の孫だぜ・・・


51 名前:日本@名無史さん [sage]: 2007/05/15(火) 01:39:58
わかりづらいかな?ちょっと訂正

柳生連也斎厳包=浦連也、島新六
母は島左近の娘だった・・・?
柳生家と島家は筒井家臣で旧知の間


52 名前:日本@名無史さん []: 2007/05/15(火) 22:31:55
へぇー、柳生家と島家が縁戚とはね。
天敵三成の至宝島左近の血をひく者と柳生が交わるとは。
ある意味凄いことだよね。

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65 名前:山野野衾 ◆CXSSL1llHI [sage]: 2007/05/29(火) 22:19:16
忍者はともかく、訓読みの「忍の者」であれば江戸時代、17世紀までは遡れますが、
戦国期には相当する潜入・放火などを行う連中は、悪党などと雑多な名称で呼ばれ
ており、「忍の者」とは呼ばれていません。
初見は何なのでしょうか。忍というのは敵の城や陣に潜入することで、火付などとは
区別されたようです。どちらも同一人が行ったようですが。
つまり、忍は忍を行う人間の技能の代表ではあったが、総称ではなかったと。
集団では「忍の衆」と呼ばれていますね。やはり江戸期の例ですが。


66 名前:日本@名無史さん [sage]: 2007/05/30(水) 01:12:01
忍者、忍び、という言葉自体は萬川集海に出てきますね。潜入・放火も忍軍法の一種と定義されています。
「清光親王籠城しける処、其の時天武天皇の御方より『多胡弥』と云う者を忍びに入れ・・・
多胡弥忍び入って城内に火を放ちければ其の城落ちしとなり。是和朝にての(忍びの)始めなり」(忍術問答由来章)
まあ、萬川集海は江戸期の編纂っすけどね・・・

孫子だと「間」。中国では「細作」ですか。
一応シノビの読みは大伴細人が「志能便」(良き便りを志す者)と呼ばれたとか・・・まあ伝説っすけどね。
ちなみにくノ一の術の元祖はヤマトタケルの女装だとか。三船敏郎の女装はきつかったッスw


67 名前:日本@名無史さん [sage]: 2007/06/02(土) 01:02:34
真田信幸の家臣で上野沼田城に加沢氏の記録が有るそうです。
「吾妻住人の割田下総守とて勇猛の兵有り。第一忍の上手・・・」(加沢記)

また見聞雑録には武田陣中に犬の皮を被った忍の者が入った記述が有ります
>被りし犬の皮を取り捨て小太刀を抜きて斬り結ぶ。。。飛びかかりて組合、忍の者力強く(見聞雑録)
なんと忍法犬化けの術!やるなあ~

あと、和漢三才図会(江戸期)に『游偵シノビノモノ』という図が有るそうです。
>游偵は狗の革を頭から被り。。。符咒ありて百神を役う。。。其物を見ては則ち隠るべし。
犬神を模した修験者ではないかと言われています
また、上州治乱記に「北条の偸人者」という言葉が使われており
田村栄太郎氏の説では「偸人」なら「ぬすびと」だが「偸入」と読むなら「しのびいる」で
「北条の偸人者」は忍びの者と解釈もできるのではないかとか。

上記いずれも田村栄太郎氏の著作より抜粋。
まぁ、いずれも原文で読んだわけではないし文書の成立期もわからないのでオイラには結論は出せませんが
やはりふつうに忍びと言う言葉自体は有ったかもしれないッスね。


75 名前:山野野衾 ◆CXSSL1llHI [sage]: 2007/06/04(月) 00:09:14
>>66
>大伴細人が「志能便」
これも近世の伝説だったと思います。

>>67
>忍法犬化けの術
『三才図絵』の挿絵が、まさにそれですよ。
犬の皮をかぶって、塀の上から松の木を伝って侵入しています。

>犬神を模した修験者ではないかと言われています
挿絵からは、そうは思えませんね。犬神というのも、四国の産ですし。
犬神伝説は、15世紀前半の阿波の文書に見えたというのが初見のようです
が、記録したのが江戸時代の書で、確実なのは江戸時代以降です。

それと、『加沢記』以下はいずれも江戸時代の成立ではないかと。
ほとんどの記録というかイメージは江戸時代の産物という気がします。

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76 名前:日本@名無史さん []: 2007/06/04(月) 02:45:40
 天狗─山伏
  |    |
【秦氏】─忍者
  |    |
 武士─武道


   



77 名前:日本@名無史さん [sage]: 2007/06/05(火) 00:19:56
おっ!。先に書かれていた。
犬(狗)神を模した修験者と言うのは「天狗(アマキツネ)」=飯綱権現 と言う説ですな。
天狗草紙なる絵巻には裹頭の僧や稚児が集会する様子が描かれているそうです。
袈裟の裹頭、変声の僧は芸能で言う黒子のような存在であったとは勝野説。
僧兵の裹頭、変声から能狂言の仮面、変声。歌舞伎の黒子が派生したのではないか?とか。

しかし忍びの語源を探るだけでも意外と難しいッス。
もう少し軍事から宗教、芸能まで範囲を広げてみても良いかと思います。

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78 名前:日本@名無史さん [sage]: 2007/06/05(火) 23:05:04
ところでこれはシノビ?

頼朝の上洛した際、後陣の随兵四十六番中、四十二番 楠木の四郎 忍の三郎 同五郎
『吾妻鏡( 文治六年十一月七日条)』


79 名前:日本@名無史さん [sage]: 2007/06/09(土) 01:39:38
とりあえず太平記っす。どうっしょ?

時の所司代都筑入道二百余騎にて夜討の手引せんとて、
究竟の忍び共が隠れ居たる四条壬生の宿へ未明に押寄る。
楯篭る所の兵共、元来死生不知の者共なりければ、家の上へ走り上り、矢種
のある程射尽して後、皆腹掻破て死にけり。(太平記巻第二十四○三宅・荻野謀叛事 S2405)


82 名前:山野野衾 ◆CXSSL1llHI []: 2007/06/16(土) 01:06:56
>>78
名字の地が「おし」だったのでしょう。忍城で有名な土地。

>>79
伝本によっては、巻25ですね。
工作活動をする専門集団というよりは、バラバラに隠れ潜んでいた兵たちの
ことでしょう。もっとも、隠れ潜むという行動自体が一種の工作活動と言え
なくもなく、14世紀らしい(前代には見られなかった)光景だと思います。
放火や忍び入ることを得意とした連中が勃興し始めたのが、この時代でしょ
うね。


83 名前:日本@名無史さん [sage]: 2007/06/18(月) 23:59:37
そうですね。
ただ忍びと呼ばれた下人、武者、工作員は居たと思いますが工作活動をする専門集団、組織と言うのは
たぶん近代戦まで存在しなかったのではないかと思います。

例えば軍師は存在するが戦略を科学的に検証する参謀本部は存在しなかった。
物見、群盗は存在するが諜報機関は存在しなかった。


86 名前:山野野衾 ◆CXSSL1llHI []: 2007/06/23(土) 22:28:55
>>83
仰る通りで、上忍・中忍・下忍という階層や鉄の掟などは存在しなかったでしょうね。
忍術書や兵法書に出てくる理想像はまだよく出来ていますが、事実とは異なるはず。
軍師の指図というのも占いよりで、敵が木気の方角にいるから金気の陣形で攻撃すれ
ば勝てるなどと言っている。陣形が本当に今でいう戦術的な目的で選択されたのか疑
問も浮かびます。


87 名前:日本@名無史さん [sage]: 2007/06/24(日) 01:00:51
ああ、軍敗(軍配)ですね。
たしかに兵学、兵法(格闘技)の奥義書はそんな感じですね。
「敵が○○の時には××の方角へ向けて◇◇の印を切れ」とかネタ満載です。
古代の孫呉が比較的合理的なのに比べても思い切りオカルトですね。
六トウ三略にしても義経記あたりでは世界を征服出来る書物と言う事になってしまいますしw

当時の戦術から考えても戦略的組織思想と言うより個人芸、職人芸の寄せ集めによる
経験とカンの戦術だったと思います。
もっとも大陸と違い日本のような地域の戦闘ではそれが一番強かったのでしょうけどw


88 名前:山野野衾 ◆CXSSL1llHI [sage]: 2007/06/26(火) 00:45:21
『六韜』・『三略』は慶長年間に出版されていますし、孫呉の兵法とあわせて
武田家などで読まれてはいたようですが、それよりも雑兵を利用しての放火や
忍びの方が戦国期の戦という気がしますね。
姉川のような一日で終わる総当り戦の方が珍しかった。

『日葡辞書』に、「シノビ」の項目がありました。
「戦争の際に、状況をさぐるために、夜、または、こっそりと隠れて城内へ
よじのぼったり陣営内に入ったりする間諜」だそうです。
例文は、「忍びが入った」。「の者」なしでも人を現したようです。

「軍配」として、「戦争のことについて占い判断をし、進発すべき日や戦端
を開くべき日などを告げる者」という説明も見られます。

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100 名前:日本@名無史さん [sage]: 2007/09/01(土) 11:26:33
おひさしぶりです。これなんかどうです?

【新田金山伝記】http://www.ne.jp/asahi/yanai/roots/shiryo/03.txt

 『穢多軍勢ニ向テ申ケルハ是ヨリ御城中エハ某一人忍入 自分窺松明可振 
 其光ニ付御登候得ト約束シテ彼者一人登矣 暫有テ松明ハット立矣 忍ノ軍勢悦テ光ニ付
 テ登ラントス 兼テ合図事ナレハ四方ヨリ取カコミ大石古木掛抛或ハ落穴ニ落入三百五十
 人一人モ不残即時被討矣』
宝永元年甲申 八月吉日 大沢氏政勝 撰録


102 名前:山野野衾 ◆CXSSL1llHI [sage]: 2007/09/08(土) 01:00:32
>>100
変わったものをお教え下さり、ありがとうございます。
>忍ノ軍勢悦テ光ニ付テ登ラントス
正攻法で入るのではなく、潜入するために組織された兵たちという意味で、
専門で潜入などの技術を学んでいた面々とは、異なると思います。
とはいえ、「忍入」という例としては、興味深いですね。
宝永というのが、残念ですが。
穢多がここに出てくるのも、気になるところです。

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104 名前:日本@名無史さん [sage]: 2007/09/08(土) 23:54:47
野田の戸隠流は古伝を元にした創作技ですね。
ただ、敵の注意を他に振り向ける方法や、仕物のさいあらかじめ物陰に隠れておく方法、
自分の居場所を気取られない方法や歩法は武芸伝書にも有りますね。
他に飛び道具とか、闇夜の心得とか、魔法の呪文とか(笑)
江戸期の忍術伝書とかぶる部分も多少有ります。

戸隠地方は宿坊も多く、戦国にはラッパやワッハの軍勢が押し寄せてくると言う飛語が有ったとか


105 名前:山野野衾 ◆CXSSL1llHI [sage]: 2007/09/09(日) 00:38:11
>魔法の呪文とか(笑)
まあ、これは伝書には不可欠ですね。「魔法」というと怪しげなものを指す
場合が多かったので、原史料では別な表現をしていたかもしれませんが。

>江戸期の忍術伝書とかぶる部分も多少有ります。
現代の「武芸」のイメージよりも実践的というか、合理的な訳ですか。
道場以外で向き合うことも想定されていたようですね。

謡曲などにも出て来ますが、戦国期には最後で賊をスッパ、東国でラッパと
呼び、放火などに従事することも多かったので、「忍の者」と呼ばれることも
あったでしょうね。
別に全国で一致した認定試験があった訳ではなし、ゲリラ戦術に長けた色々な
集団に所属した面々が、『日葡辞書』の言う「シノビ」に入っていたのでは。
ほとんど経験と口伝だったでしょうが、「秘伝」というより、単なる現場経験
で憶えていたのだろうと思います。
もったいぶれるのは実戦が消えてからでしょうね。
お偉い方々の「兵法」ならともかく、在野だと有効な手段は実践を続けていな
いと、すぐ消えてしまったように思います。

戸隠の仏教というか、仏教系神祇信仰は、神仏分離で壊滅したようですね。
全国の大抵の「かつては多くの宿坊があった地」がそうですが。
奥院が奥社になって、祭神の九頭龍権現、本地弁才天が、九頭龍大神に。


106 名前:日本@名無史さん [sage]: 2007/09/09(日) 20:54:51
魔法の呪文?
香取流神道の風水と九字の解説 ttp://jp.youtube.com/watch?v=XX9Zn6k1poE


112 名前:日本@名無史さん [sage]: 2007/09/17(月) 23:45:43
野田の初見流と伴家流。あと天真流系のやつが有ったか?
まぁどれも現代創作古武道だな。

隠密行動と言えば藤田西湖は新聞記者時代に某教団へ侵入取材をした時
ひょいひょいと塀を乗り越え忍具を使い教祖宅に侵入し
奇跡のタネを天井裏から全部観察してバラしたと言う。

ちょっと痛快であるw


113 名前:日本@名無史さん [sage]: 2007/09/21(金) 23:31:15
>>105
とりあえず稲垣史生氏の戦国武家辞典に有るのは忍物見と言う斥候ですね。

斥候とは物見の事で、人数によって大物見・中物見・小物見の名があり、
遠方まで出るのを遠物見(遠見、遠目)、隠密行動を忍物見(芝目・カマリ物見)といった。

忍物見は敵陣へ潜入する身分の軽い者で徒歩である。忍足軽とも言う。
野山に伏し人家にまぎれ草に潜るため「芝見、草」。また、物陰にかがむため「かがり物見」と呼ぶ

また忍物見が戦陣で使用するのに対し敵地潜入する者を忍目付と呼んだ。
伊賀甲賀の身分の低い者が多かったが主君側近の士分の者もいた。
商人や虚無僧に化けたと言う。

物見は戦場の場数を踏むこと少なくとも、綿密に物を見忠実に行動する者が適格者で有る。

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120 名前:日本@名無史さん [sage]: 2007/11/07(水) 18:41:31
江戸時代まで諜報を生業とする一族はいた。たが現代の忍者イメージや武器、戦闘法等は資料を元に創作されたものです。


121 名前:日本@名無史さん []: 2007/12/02(日) 00:49:56
しかし忍者にも武術はいるとは思います。
やはり体が丈夫な方がいいでしょうし、
昔の忍者は今でいう特殊部隊に近い活動もしていたみたいですから、腕が立った方がやはり良かったんでしょう。
それにやはり工作員の軍事訓練は必須ですからね。


122 名前:日本@名無史さん [sage]: 2007/12/02(日) 01:22:54
まあ、修験者、山伏、僧兵の類はふつうに武芸たしなむから
甲賀の宿坊とかでは当然やってただろうな。
愛宕信仰の竹内流とか。鹿嶋流の忍法とか。

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143 名前:日本@名無史さん []: 2008/01/14(月) 12:20:23
諜報活動の原点は、伊勢御師 
各国の 神明宮に お札を配り、茶や熨斗を買い上げていただく。
ついでに 密書の やり取り仲介。
荘園の廃れた、室町中期より 伊勢御師の全国行脚
伊賀は、伊勢の隣。

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147 名前:日本@名無史さん []: 2008/01/14(月) 17:44:13
小笠原が信州を追われ 京都の幕府に仕えていた頃 御師に手紙を託していた。
その後 家康配下となる
年代は下って 島原の乱に参戦 この時 伊賀者を十数人使っている。
城下に 御師の屋敷もある。



148 名前:日本@名無史さん [sage]: 2008/01/15(火) 09:22:27
>>147
>島原の乱に参戦 この時 伊賀者を十数人使っている。
島原の乱では甲賀組が幕府軍に雇われ、岩根甚左衛門を組頭として10名参加して
いるが、伊賀者も参加していたのか?


149 名前:日本@名無史さん []: 2008/01/19(土) 13:47:38
シュワッチ 
http://kyushu.yomiuri.co.jp/magazine/kokura/0404/ko_404_040414.htm
伊賀者も参加


154 名前:148 []: 2008/02/12(火) 14:14:40
>>149
亀だけど、そのサイト昔読んでたんだけどどこで見たか解らなくなってた
やつだw
天草合戦記に一揆軍が夜襲をかけようとした時、見張っていた忍者がそれに
気づいたという記録がある。
その時の忍者がこの伊賀者だった可能性があるね。

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163 名前:日本@名無史さん []: 2008/07/07(月) 22:33:13
明治新政府になってからの忍者の転職先。
①帰農
②警察
③薬屋
④花火師


164 名前:日本@名無史さん []: 2008/07/08(火) 01:07:11
明治新政府になってからの忍者の転職先。
①帰農
②警察
③薬屋
④花火師

するどい!上二つは普通に士族の就職先、下はいかにも、忍者ぽい。
ほかには?



165 名前:日本@名無しさん [sage]: 2008/07/08(火) 15:32:15
⑤旅芸人
⑥女中
⑦ガードマン(警備)
⑧道場主



166 名前:日本@名無史さん []: 2008/07/12(土) 01:40:12
>165

たしかに、士族ではないな。
結局苦労したんだ。

う。ガードマン。ガードマンが職業」になったのは1964年のはず。
忍者に時代が追い付くのに、100年かかったのか。


167 名前:日本@名無史さん [sage]: 2008/07/12(土) 11:08:04
忍者のように諜報活動してくれる部下がいたら、重宝だよね。


172 名前:日本@名無史さん []: 2008/08/12(火) 18:17:51
幕府の役職にお庭番とか伊賀者などがあったわけだから、
幕府限定なら明治維新まで忍者はいたと考えていいの?


173 名前:日本@名無史さん [sage]: 2008/08/12(火) 18:26:57
お庭番≠忍者

でも忍者は幕末までいたよ。
黒船に潜入してトイレットペーパーを盗んでいる。


174 名前:日本@名無史さん []: 2008/08/13(水) 14:54:17
ご先祖様が甲賀二十三家のうちのひとつ。
開府に合わせて江戸に出てきた。
幕末期は同心をしていたと由緒書きに書かれている。
手元には忍術秘書一冊と手紙数通がある。


176 名前:日本@名無史さん [sage]: 2008/08/15(金) 19:11:19
>>163 家康の庇護の下、江戸時代初期に
駿府城下で薬屋に転職した忍者もいたという説があったような。
あと、近畿だけど今もつづいている田辺製薬とか源流は、それだと聞いた。


179 名前:日本@名無史さん []: 2008/08/28(木) 15:08:39
>>173
盗み出したのは楽譜だと思ったが???


187 名前:日本@名無史さん []: 2008/09/02(火) 04:10:46
 忍者が活動した最後の記録は、ペリー率いる黒船の探索だったそうな。

殿  「黒船の様子はどうだった?」
忍者 「こんなに大きくて格好よかった」

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200 名前:日本@名無史さん []: 2008/09/13(土) 21:46:01
まあでも江戸開府の折に伊賀組、甲賀組って出来たくらいだから
何かそんなようなものが有ったのは事実だろう。

ただ忍術ってどこまで本当なのかわからない。
ハイジャンプとか石垣登りとか、本当にそんな鍛錬してたの?



201 名前:日本@名無史さん []: 2008/09/13(土) 21:49:32
してたんじゃない?
やぱ鍛練はしてるでしょ。



202 名前:日本@名無史さん []: 2008/09/13(土) 21:50:18
でも道場とかは無かったんでしょ?


207 名前:日本@名無史さん []: 2008/09/30(火) 23:35:50
>>202
あったよ。
伊賀の四十九院。

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204 名前:日本@名無史さん []: 2008/09/27(土) 15:12:30
忍術の伝書で信頼できるのってどれだろう?


206 名前:日本@名無史さん [sage]: 2008/09/28(日) 01:40:20
>204
ほとんど口伝だったんじゃなかろうか?下人ふぜいに文字が書けたとも思えないし。
現在有るのは兵学書みたいなもんだな。

それとは別に諜報活動をしている武士は居ただろうけど。


208 名前:日本@名無史さん [sage]: 2008/10/03(金) 14:18:19
>>204
とりあえず
http://www.geocities.jp/naoya_820/index-densyo.htm

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242 名前:日本@名無史さん []: 2009/04/30(木) 01:39:26
この板の住人ならではのオススメの忍者の本とかある?
ネットじゃ知識漁りに行っても同じサイトに行きつくばかりだったり、
ガセも多いから困る。
実在した忍者のことや武器・武具・流派とか色々と知りたい。


243 名前:日本@名無史さん []: 2009/04/30(木) 16:19:06
>>242
忍びと忍術 (江戸時代選書): 山口 正之: 雄山閣
忍術―その歴史と忍者: 奥瀬 平七郎: 新人物往来社
忍者と忍術: 戸部 新十郎: 中央公論新社

どの本もアマゾンで直ぐ買える、これ読んどけば、君は忍者通になれるぞ


244 名前:日本@名無史さん []: 2009/04/30(木) 18:08:35
やはり「萬川集海」だな。持っているが、当時¥10万円したと思った。
いまは入手困難かね? 「正忍記」も出てるよね。


245 名前:日本@名無史さん [sage]: 2009/04/30(木) 21:05:03
萬川集海や正忍記は奥瀬氏も書いておるのう。
正忍記は現代読みも出ていたと思うぞい。

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270 名前:日本@名無史さん []: 2009/06/26(金) 10:35:53
今朝のヨミウリ朝刊で忍者の記事があったな。甲賀の忍書が
少ないので図書館にて調べてるとか、くノ一の記述のない忍書とかの
話で、以前この記事の前にも忍びの記事を載せたてようで、その時は
岡山の忍者の末路の具合よさとかの話の続きで、ここの忍者は口が
軽いとかの内容だったな。

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318 名前:日本@名無史さん [sage]: 2009/09/10(木) 20:59:53
敵陣に忍び込んで暗躍するのも忍者だけれど、
普段は要所要所の村の村人として暮らし、密かに諜報活動に従事し、
ことあらば、時には要人の刺客として、あるいは、一揆の先導者として
主の指示に従いし者。
「草」と呼ばれ、人知れず住んでいる家が、どこの村にも一軒はあるはず。
誰もはっきりとは言わないが、それが忍者の真の姿です。



319 名前:日本@名無史さん []: 2009/09/10(木) 22:38:52
「草」って呼称は、誰が言い出したものなの?
多分記録には一切残ってなくて、どっかの歴史作家が創作したものだよね?


321 名前:日本@名無史さん []: 2009/09/11(金) 00:07:18
>>319
軒猿も?


322 名前:日本@名無史さん []: 2009/09/11(金) 01:08:16
草忍、下忍、すっぱ、らっぱ、とっぱ、軒猿、みつもの、とか、階級ちごたっけ?
とか伊賀出身の私が言ってみる。
小さい時、兄とおいかけっこした時に、まきびし使ってました。


326 名前:日本@名無史さん [sage]: 2009/09/11(金) 16:29:17
>>322
階級じゃなくて地方ごとの違いじゃね


327 名前:日本@名無史さん []: 2009/09/11(金) 22:25:53
>>322
草忍ってあるのか?

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この記事へのコメント

名無し 



今回の記事は微妙かも

  • 2009年09月13日 02:57
  • #-
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オカルトではないけど興味深い
管理人さん元スレのアドレス教えていただきたいです

  • 2009年09月13日 10:41
  • #-
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No title 

忍者を「忍び」とか言いだしたのは、戦後の創作からなんだっけ?
妖怪をわざわざその中の一種と同名の「あやかし」と呼ぶのと同じように、訓読み=日本風というイメージからなのかな?

  • 2009年09月13日 19:21
  • #-
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No title 

汚いなさすが忍者きたない

  • 2009年09月15日 09:49
  • #-
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No title 

ページひらいた瞬間
おそらく27がいってるのと同じ人を
テレビでみたこと思い出した

  • 2009年09月29日 10:24
  • #-
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....すごい漢だ

  • 2009年11月15日 04:52
  • 黒夢のファン #-
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No title 

このスレ住人だったんだけど山野さん来なくなってからスレのクオリティがかなり下がったな。

  • 2010年08月03日 06:50
  • #CuBmKnR6
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No title 

山野ってなぜかいつも神道を
けなしてばかりいたよな。

本居宣長や本居宣長の著作を本当に読んだの
か?と思うような疑わしいレスも多かったし。

ひたすら神学や理論だけに固執してたけど。

  • 2010年08月06日 18:38
  • #-
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