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【見せしめ】死刑、拷問の歴史【残酷】  第3獄舎

【見せしめ】死刑、拷問の歴史【残酷】  第3獄舎


1 :世界@名無史さん:2006/08/21(月) 20:32:35 0
引き続いて古今東西、残酷処刑拷問についてバッサリと語ろう!

第一獄舎
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/whis/994109037/l50
第二獄舎
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/whis/1054445566/l50
関連スレ
「残酷、屈辱な処刑」
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/whis/1035625880/l50

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2 :世界@名無史さん:2006/08/21(月) 20:40:26 0
個人的にはエドワード1世が行ったウォレスの処刑が印象に残っている。
ペニスを切断して死なない程度に絞首刑した後
処刑台に縛り付けて内臓引き摺り出し。
首と四肢は各地に晒すという徹底さ。

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3 :世界@名無史さん:2006/08/21(月) 20:50:18 0
明の正徳五(1510)年、悪宦官として名高い劉瑾は謀反のかどで
凌遅の刑に処された。以下はそれを見聞した張文麟の記録である。

劉瑾はすでに肉を削がれ始めていた。執刀回数は3357刀、10刀ごとに
息を入れ、一喝して正気に戻す。第1日目は親指から手の甲、胸の左右へと
357刀肉を削ぎ取った。最初の一刀には多少の出血があったが、二刀目からは
出血が無い。恐怖で血が下腹部や脹ら脛に溜まり、削ぎ終わってから胸を開けば
一挙に噴き出すという。夜になり、劉瑾は監獄に護送され、そこでなお二椀の粥を
食べたという。賊のしぶとさ、かくのごとし。
翌日は城内の東に場所が移された。昨日劉が宮中の秘密を暴露したため、今日は
口に胡桃の殻が押し込まれている。劉瑾は十数刀肉を削がれたところで気絶した。
やがて日が昇り、監督官が屍を解体する、と宣言した。劉瑾の被害者たちが
削がれた肉の山に殺到した。その肉で殺された者の冥福を祈るためである。
屍の胸に斧が振り下ろされ、血や肉が数丈も飛び散った・・・

被害者やその遺族たちは劉の肉片を生で食べ、恨みを晴らした、という。

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4 :世界@名無史さん:2006/08/21(月) 20:50:54 0
明王朝末期の進士、鄭マン(マンの字はおおざとに曼)は文才と声望で世間を
騒がせた。しかし明朝最後の皇帝、崇禎帝の御代に派閥争いに巻き込まれた挙げ句、
「母を鞭打ち、妹を犯した」かどで告発され、大逆非道の罪を着せられた。
帝は非常にも自ら「凌遅」に処すよう指示したのである。

崇禎12(1639)年、八月二十六日の早朝、鄭を北京皇城西の甘石橋下の
四牌楼の刑場に連行するよう、聖旨があった。すでに小屋が造られて前には先が
二股の柱が打ち込まれている。首切り役人達は鉄鈎と小刀を研ぎ澄ました。
午前十時ころ、牢役人が鄭を刑場に連行した。彼は柳の枝の籠に座ったままで、
召使いの少年に後事を細かく託している。すでに周辺の道も空き地も黒山の
人だかり、やがて西城察院の長官が人だかりを掻き分けて到着し、声高らかに
聖旨を読み上げた。「法に照らして三千六百刀!」首切り役人達が一斉に
唱和する。爆竹が三度はじけ、刑は執行された。

群衆は一層騒がしくなった。有る者は首を伸ばし、有る者は屋根に上がり、
切り刻みの様を見物しようとする。しかし群衆はあまりにも多く、少し
離れれば刑の執行など見ることも出来ない。
かなりの時が過ぎ、件の二股の柱に血の滴る新鮮な心臓と肺が吊り下げられた。
又しばらくすると今度は生首が吊り上がり、更に胴体が吊り下げられる。
その肉体は細かい麻糸のように切り刻まれており、まるでハリネズミのよう。
肉は削ぎ落とされてはいなかったのだ。
刑の終了が宣告された。将校が皇帝に執刀回数を報告するため、早馬で
駆け出していった。
首切り役人は鄭の遺体を引きずりおろし、肉を細切れにすると売り始めた。
群衆は競って買い求める。吹き出物の薬にするためである。

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15 :世界@名無史さん:2006/08/23(水) 18:19:48 0
十六世紀のイギリスでは、死刑は斧による斬首だった。しかし一撃で安楽死とはいかず、
腕の悪い首切り役人に当たると悲惨だった。
1684年、謀反の罪で断頭台に送られたモンマス侯爵は首切り役人のジャック・ケッチに6ギニーのチップを手渡した。
手際よくあの世に送ってくれ、という意味である。しかしこれが逆効果、ジャックは緊張し、最初の一撃は
首の肉を多少削ぎ落としただけ。モンマス侯爵に睨まれて再度斧を振り下ろしたがまた失敗。
さらに二度三度と振り下ろしたが首は落ちない。
血塗れで痙攣を起こすモンマス侯爵。ジャックは斧を諦め、ナイフでようやく首を落とした。
見物人の民衆はあまりの腕の悪さに激怒し、袋叩きにされかねない状況だったという。

二年後、ジャックは首切り役人をクビになった。

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17 :世界@名無史さん:2006/08/23(水) 23:39:59 0
李朝の16代王仁祖は、以下のような命令を下した。
「我が国では親子の情と主従間の義理がこの上もなく大切なことなのに、
子たる者が親を告訴する、僕たる者が主人を告発するとなれば、
風俗が退廃してしまう」。

ある娘が盗みをした父親を告発した。
その娘は処刑され、首は市場に晒された。

ある女は夫が国家に対する謀反を起こそうとしている事を知り、告発した。
仁祖は陰謀罪より、夫を裏切る罪のほうが重いと判断し、女を獄に閉じ込めた。

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24 :世界@名無史さん:2006/08/24(木) 21:44:36 0
李氏朝鮮の処刑場の光景。

真ん中には死刑囚と処刑人。
周りを兵士、死刑囚の家族、見物人が取り囲む。
首切り人は刃を振り回し、気が狂ったように笑いながら、群集の前を歩く。
すると死刑囚の家族は、金を投げる。
処刑人は笑い続けながら、刃を振り回し歩き続ける。
家族は恐怖と悲嘆の中、少しでも死が遅くなるように金を投げる。
この金は処刑人の収入になるため、その瞬間を遅らせるだけ遅らせる。
投げる金がなくなったとき、首は斬りおとされる。

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27 :世界@名無史さん:2006/08/25(金) 20:32:57 0
日本の磔の刑罰は、日本人が独自に考え出したものでなく、
南蛮人の影響で考え出された、という説を聞いたことがあるのだがマジですか?


28 :世界@名無史さん:2006/08/25(金) 20:37:27 0
日本での磔刑の最初の例は源頼朝による長田親子の処刑方法。
平安末期の出来事。
その頃のは板に釘で磔にする方法で十字架ではない。
十字架柱を用いた磔が広く行われたのは安土桃山~江戸。


29 :世界@名無史さん:2006/08/25(金) 20:42:07 0
やっぱり十字架は南蛮人が持ち込んだものかねぇ・・・


30 :世界@名無史さん:2006/08/25(金) 21:17:59 0
日本の磔は足場をつけたキ十字だからキリスト教の十字架とは無関係に思われ。
(女性は通常の十字架だったけど)


31 :世界@名無史さん:2006/08/25(金) 21:23:48 0
しかし十字架にしても火あぶりにしても、見せしめ効果は抜群だね。


32 :世界@名無史さん:2006/08/25(金) 21:31:54 0
十字架による磔はローマ時代では「穢れた刑」とされて
見る事さえ憚られたというのにね。

ちなみに十字架に磔にする際に打ち込む五寸釘は手首の骨の隙間に打ち込む。
手のひらだと体の重みで十字架から罪人の体が落ちる。


36 :世界@名無史さん:2006/08/28(月) 20:35:59 0
>>32
しかしこういう釘を打ち込む方法っていうのは、効率悪すぎじゃないか?
死因は失血死によるものだから、時間がかかり過ぎる気がする。
しかも衆人環視の下で行われるから、罪人の死亡確認までの間
逃亡や奪還を防ぐために警備も続けなければならない。
見せしめだとしても、当時あった他の残虐な刑罰に比べると効果が薄そう。
こう言うとキリストには悪いが、なんか微妙な処刑法な気ガス。


37 :世界@名無史さん:2006/08/28(月) 20:42:52 0
>>36
磔刑の死因は失血じゃなく窒息だよ。
両手を頭より上にした状態で固定すると呼吸困難になって
やがて死に至る。これがローマ時代の磔刑。

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76 :世界@名無史さん:2006/09/21(木) 05:01:41 0
村民に「熱い油に手を入れろ」命令 インド地方の無謀な裁判

[ニューデリー  18日 ロイター]
 インド・ラジャスタン州の村で、学校から食糧が盗まれる事件があった。
長老たちは村民の男性150人に、無実を証明するために煮えたぎる油に手を浸せと命令した。

『サンデー・エクスプレス』紙の報道によれば、学校の校長は8月下旬に米と小麦が消えたことを
警察に通報したが、それに対する捜査は全く行われなかった。

そこで、州都ジャイプールの340キロ南にあるランプール村のパンチャヤット(地方協議会)は、
自らの手で裁きを下すことに決めた。

犯人探しに10日が費やされた後、彼らは新聞が言うところの「中世の強権政策」に出た。

ライプールと隣接するふたつの村の男性150人は、油が沸騰する大釜から
銅の指輪をつまみ出すよう命じられた。
協議会は、この命令を拒否した50人が犯人に違いないと宣言した。
現在、大勢の村民がやけどを治療中だ。

ある45歳の男性は、「拒否したなら、村八分にされたでしょう。その恐怖から、
私たちはみな賛同しました。これが行われたのは初めてではありません」と言う。
いま、彼が長老たちに不利な発言をできるのは、彼らがすでに逮捕されているからだ。

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83 :世界@名無史さん:2006/09/29(金) 23:16:21 0
レーシック手術(視力回復手術)をした。
眼球にレーザーを照射するんだが、その時自分の眼球からか、
焦げている匂いがしてきた。
火刑で自分の身体が焼ける匂いを嗅ぐのはかなり怖いと実感。

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89 :世界@名無史さん:2006/10/20(金) 10:59:39 O
オレが一番恐い処刑は、生きたまま木製の箱に閉じ込められて
海に流される処刑だな。浸水して箱に水が満たされるまで時間がかかるし
塩辛い海水で窒息死するのは恐ろしすぎるよ

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94 :世界@名無史さん:2006/11/03(金) 03:06:04 0
江戸時代の刑法はものすごく厳しかった。

主人の妻と密通した手代が死罪なのは当たり前としても、告白しただけで入牢。
吉原での接待を町人にねだった同心は島流し。
妻の不倫を疑い、間男と間違えて別の男を刺殺した盲人は簀巻きで溺殺。
奉公人仲間を妊娠させ、堕胎薬を飲ませて死なせた男は死罪。
主人を困らせてやろうと、握り飯にねずみの糞を混ぜた少女は死罪。
身元不審者を知りながら泊めた宿の女将は入牢。

しかも当時の牢屋はとんでもなく不潔で、牢名主たちのリンチが横行する世界。
投獄は死に直結していた。

詳しくは文春新書『江戸のお白州』を参照。

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107 :世界@名無史さん:2006/12/15(金) 18:23:49 0
アンボイナ事件の拷問について詳しい方はいませんか?
オランダ側がイギリス商館員らを拘束し
火責め、水責め、四肢切断などの拷問の末処刑したとのことですが
「四肢切断」というのはただ事ではないですよね・・
調べてみたんですが詳しい資料や絵画が見つからなかったので

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112 :世界@名無史さん:2006/12/19(火) 01:27:21 0
股裂きの刑は、普通は二頭の牛や何台かの馬車を使う。
いわゆる牛裂きや車裂きだ。

しかし古代ギリシャには、「松の木折り」といわれる方法があった。
並んで立っている二本の松の木をたわめ、お互いXの字型に交わるようする。
そしてその交わった部分に罪人を逆さに縛りつけ、樹をたわめていた縄を一気にスパ!
人体がベリ!

大正時代の尼港事件でも、日本人居留民がこの方法で惨殺されたという。

しかしこの方法で人体が裂けるのか?松の木はあまりしなやかではないし。

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154 :世界@名無史さん:2007/07/05(木) 03:30:20 O
日本に生まれてよかったわ~


170 :世界@名無史さん:2007/09/07(金) 01:00:26 0
>>154
日本でも前田利家とか、釜茹でやったんだろ。
一向宗の衆徒を捕まえて、大がま50個並べてぐつぐつと。
宣教師に「日本人は気持ちが悪い」といわせた釜茹で。

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155 :世界@名無史さん:2007/07/05(木) 04:05:45 O
ギロチンにかけられた女性はマリー・アントワネットと
デュ・バリー夫人しか思い付かない俺は糞
しかし2人の死刑直前の態度は正反対だったな


156 :世界@名無史さん:2007/07/15(日) 15:43:07 0
チンコ切り落とすギロチンはないの?
ギロマンもないのか。


157 :世界@名無史さん:2007/07/15(日) 16:22:55 0
>>155
シャルロットもおるで


158 :世界@名無史さん:2007/07/16(月) 09:44:00 0
>>156
ギロチンではないが、マリー・アントワネットの側近だったランバル公妃は、
革命中、暴徒化したパリ民衆に虐殺された上、陰部を切り取られた。

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188 :世界@名無史さん:2007/12/29(土) 23:26:31 O
オーストリアの犯罪博物館に、生首ミイラがあるらしい。
手や足がない死体写真とか。エグいよな。
白人って。生首ミイラの人は気の毒だよな。
何百年も経っても晒者かよ。日本ならありえない話だ。
免罪なら余計に気の毒だ。写真だけにして
もう埋葬したれよ


189 :世界@名無史さん:2008/02/01(金) 22:00:37 0
>>188
一般展示してるかどうかは知らないけど日本の国立科学博物館にも生首ミイラはあるよ

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193 :世界@名無史さん:2008/03/17(月) 22:04:33 0
最も残虐な諸兄方法なら
東の横綱--凌遅処死
西の横綱--hanging, drawning, quartering
かな。綴り間違ってたらごめんよ。
凌遅はこの手の暴露本とかのせいで、拷問諸兄マニアの知名度が
随分高くなったが、15世紀前後のイングランドで
これに負けず劣らずの鬼畜な諸兄法があるのは、日本人には認知薄い。
この板の住人ならば結構なじみがあるかもな。
昔、一回だけ歴史ドラマの映像で見たことがあるが
この手には慣れているつもりなのに、かなりやばかった。
確かエリザ1世もののドラマだと思った。


194 :世界@名無史さん:2008/03/17(月) 23:09:49 0
hanging, drawing, quartering  4ツザキ刑
ウィリアム・ウォレスー(ブレイブ・ハート) ⊃⊿;)<カワイソス


195 :世界@名無史さん:2008/03/29(土) 01:11:06 0
1.絶命しない程度に絞首刑に処す。(hanging)
2.生きたまま解体して内臓を抉り出す。(drawing)
 生殖器→轆轤で抽腸→腎・肝・膵などの順に摘出した内臓を火にくべる。
3.内臓摘出が終わったら斧により4~5つ程度にバラバラにする。(quartering)
 バラバラ肢体は市街要所にて晒す。

最初にこの刑を命じたのはエドワード何世あたりか。
確かにリョウチに匹敵する酷刑だね。イギリス人よく考えるよ。
斧での斬首だけでも相当凄惨なんだがな。
ジェイン・グレイ嬢の処刑も頚動脈血でグッショリだったことだろう。
こんな刑罰が横行していたのを考えればギロチンさぞ人道的なのだろう。


198 :世界@名無史さん:2008/05/12(月) 23:34:10 0
斧で殺すのってそんなに残酷か?
そりゃ、腕の悪い首切り役人が研いでいない斧で首を潰すように斬ったならば
苦痛は想像を絶するだろうが、
腕のいい首切り役人が産毛も剃れるほどに研ぎ澄ました斧でサパッと斬ったならば
苦痛もなく安楽死できるだろう。


199 :世界@名無史さん:2008/05/13(火) 20:02:19 0
>>198
何でもスパスパ斬れるような首切り役人はまずいない。
ベテランでも失敗することが多々ある。
何でギロチンが「人道的な処刑方法」と呼ばれていたか知ってます?


204 :世界@名無史さん:2008/05/17(土) 22:44:04 0
>>199
しかし、その結果、簡単に出来るようになったため、
死刑を大量にできるようになって・・・


205 :世界@名無史さん:2008/05/17(土) 23:02:04 O
>>204
一時期は革命広場(今のコンコルド広場)の血が乾く暇もない、と言われるほど処刑してたくらいだからな


206 :世界@名無史さん:2008/05/17(土) 23:06:55 0
>>205
「神々は乾く」ですな
それまでは、死刑執行人に熟練が要求されて、そう簡単に出来るものではなかったのですが、
楽に出来るようになって、結果的に大量の死刑囚を作ってしまった

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210 :世界@名無史さん:2008/05/25(日) 22:19:57 0
ルイ15世暗殺未遂犯のロバート・フランソワ・ダミアンの処刑
tp://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%9B%E3%81%A4%E8%A3%82%E3%81%8D

>まず、寺院の前に連行され罪を告白する公然告白の刑が行われた。
>にグレーブ広場に連行され処刑台の上に上げられると、
>まず、罪を犯した右腕を罰するために右腕を焼いた。
>次にペンチで体の肉を引きちぎり、傷口に沸騰した油や溶けた鉛を注ぎ込んだ。
>次に、地面に固定されたX字型の木に磔にされ、両手両足に縄を結んで四頭の
>馬で四方向に引きちぎろうとした。三度繰り返したが手足がちぎれなかったので、
>判事の許可を得て手足に切れ込みを入れた。最初に片足がちぎれ、
>残りの足もちぎれると、次に右手がちぎれた、ダミアンはこの時点で絶命していた。
>ダミアンのちぎれた死体は火にくべられて焼かれた。

される方は当然かなわんが、する方もかなわんだろうな・・・
実際、これを執行した処刑人は、これを最後に引退したって。そりゃそうだろうなあ。

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227 :世界@名無史さん:2008/08/28(木) 20:39:09 0
帝政ロシアでは、一般犯罪(刑事犯)には死刑は適用されなかったと知った時には驚いたな。
死の家の連中が何回、殺人・強盗・放火etc.を繰り返そうとも絶対死刑の宣告は受けないわけだ。

刑罰としての鞭打ちで死に至る場合もあったけど、刑吏に袖の下を渡すことで手加減してもらう事も
可能だったらしいし、あれに出てくる快楽殺人の常習犯である幼児殺しの男までが、保釈の日を
指折り数えて待ちわびていた。

なんかやたら悲壮?な決意のもとに警察署に出頭したラスコも、実は自分が絶対死刑にならないことは
知ってた訳だな。なんか、異常にぬるい。

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228 :世界@名無史さん:2008/08/29(金) 11:14:07 O
十数年前に見たテレビで、シリアにスパイ罪でつかまり拷問されたモサドのスパイは、
まず生爪を全部剥がされて、吊された状態で死なない程度に鞭で打たれて全身の皮膚が傷だらけ
その状態で糞尿の中に首まで漬からせる
翌日には歯を折り(自殺防止)指、膝、肩を折って、そのまま監房に戻す、監房にはMI6・CIA等のスパイが一緒にいる
部屋は格子で区切られているので顔は見え話しもできる
後は身体が腐り、頭がイカレてのたうち回る姿を数日間見せつけられる、その上、死んでも数日間放置して、悪臭をだす
これが痛めつける拷問よりも効くらしく、同部屋のスパイは自白に至るらしい。
恐ろしいなぁ人間は


230 :世界@名無史さん:2008/08/30(土) 23:55:11 0
>>228
てゆうか君の家のテレビはそんな番組を受信できるのか

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242 :世界@名無史さん:2008/09/22(月) 18:52:21 0
1571年、レパントの海戦直前に、ヴェネツィア共和国の植民地・キプロス島で
トルコ軍に対して篭城を続けていたファマゴスタ砦が陥落したときの様子より。

>陥落はなんと、八月の二十四日(※二ヶ月前)に起こっていたのである。
>(中略)その知らせのこれほどの遅れは、知らせを本国にもたらす人もいないほどに、
>篭城軍が皆殺しにあっていたからだ。(中略)
>開城後、まずヴェネツィア人が、貴族であろうと商人であろうと関係なく、
>残忍なやり方でいたぶられた後に、全員が斬殺された。
>篭城軍に加わっていたギリシア人は、老齢者と幼すぎる子供たちは殺され、他は奴隷に売りとばされた。
>これらすべての場に同席させられたブラガディンには、
>一年間もトルコ軍に抵抗した罰として、特別な死が用意されていた。
>ヴェネツィアの武将は、まず、生きたままで全身の皮膚をはぎ取られた。
>そして、そのままの身体で、海中に何度となく突き落とされる。
>それでも息の耐えなかったブラガディンが休息に恵まれたのは、首が切り落とされてからだった。
>トルコ人たちは、はがした皮膚を縫い合わせ、その中にわらを詰めこみ、切り落とした頭部を縫いつけた。
>この、人の皮膚をかぶった人形は、トルコの首都コンスタンティノープルに送られ、
>広場でさらしものにされた後、見世物にするために、広大なトルコ帝国の各地を巡回する旅に出たということだった。

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260 :世界@名無史さん:2008/11/26(水) 02:05:16 O
以下、ちといい加減かも

仏教を保護したアショカ王は、王座に就くとすぐ異母兄弟99人を殺し、残忍(チャンダ)アショカと呼ばれたとか

オスマン皇帝(誰だっけ)も、先帝のハレムの寵姫たちを、数珠つなぎにして足を縛り、そのままボスポラスに放り投げたそうな


267 :世界@名無史さん:2009/01/18(日) 21:47:55 0
>>260
>オスマン皇帝(誰だっけ)も、先帝のハレムの寵姫たちを、数珠つなぎにして足を縛り、そのままボスポラスに放り投げたそうな
第18代皇帝のイブラヒムだな。

ただし、もともと精神疾患があったうえ、
その暴挙を行ったせいでスルタン自身も廃位されて殺されている

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あとがき
俺がこんなネタが好きって実はバレバレなのか・・・?と思ったある夜
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この記事へのコメント

 

管理人お帰り
ここまで無くなったら
どこ見ていいかわからん
続けて欲しい

  • 2009年03月08日 10:39
  • #-
  • URL
  • [ 編集 ]
 

お疲れ様です。
毎週楽しみに見てるんで頑張って下さいね!

  • 2009年03月08日 12:15
  • #-
  • URL
  • [ 編集 ]
 

お体はもう大丈夫ですか?私もこうゆうの大好きです(●´-`●)

  • 2009年03月08日 12:47
  • さおり #-
  • URL
  • [ 編集 ]
 

お疲れ様。読めない漢字多くて恥ずかしいです。

  • 2009年03月08日 19:33
  • カズマサ #-
  • URL
  • [ 編集 ]
No title 

みなさんありがとう

申し訳ないですが、一個コメント削除しました。
ちょっとどうかと思ったんで
あんま俺以外をけなすようなことは書いてほしくないな
毎日チェックするのはちょっと辛いので、他の人でフォローしてくれると
とても助かります

  • 2009年03月10日 01:10
  • 赤毛 #-
  • URL
  • [ 編集 ]
 

管理人頑張って~応援してるよ~
ブボボッブッブビッビャアアアアア

うにゅ~´ω`

  • 2009年03月11日 01:22
  • うんぽこ #-
  • URL
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