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ローマ帝国の退廃・悪徳

ローマ帝国の退廃・悪徳

1 :世界@名無史さん :04/05/28 10:41
よく古代ローマの退廃が、悪徳の象徴として示されるのを見かけますが。
実際にはどういったエピソードがあるのでしょうか?

具体的なエピソードを収集してみたいのですが、どうでしょうか。
出典や参考資料、他スレでの書き込みなども挙げていただけますと嬉しいです。


22 :世界@名無史さん :04/07/03 03:57
>>1
饗宴などで出た料理といえば、うなぎ、タコなんていう、
日本人と良く似た趣向だったそうで。
マロン・グラッセのようなお菓子も、帝政ローマの時代に発明されたそうで。
どこだったかの文庫で、ローマ人の食事、のような本があったと思います。

不倫などは相当多かったようで。
このあたりの雰囲気は、
後世のヨーロッパ貴族たちの社交界の様子と良く似ていたんじゃないですかね。
幼女、少年たちを性愛の対象とする趣味も、一部にはやはりあるようで。
これについては、さすがに当時でも「悪徳」のようにみられるフシもみられます。

スヴェトニウスが、ティベリウス帝の「悪業」として紹介しているものとしては、
プールに裸の少年少女を泳がせ、
自分もそこに浸かり、少年少女たちに自分の股を泳いでくぐらせ、
その際、歯や舌で性器を刺激させる、というようなのがありますね。
ティベリウス帝個人がほんとにしたかというとどうもガセくさいですが、
スヴェトニウスらが、どういう想像をしているのか、ということから、
当節のローマ人の「やってみたいと思う性愛の形」を想像することは可能ですね。

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3 :( `_ゝ´) ◆TCygujgOWY :04/05/28 11:30
貴族が堕落して傭兵雇いすぎたとかいうやつだろ?


5 :世界@名無史さん :04/05/28 19:14
>>3
ええまぁ、古代ローマ自体の退廃という意味ではそういうお話なんでしょうけど。
その「堕落した貴族」がしていたという、もっとゴシップっぽいエピソードをご存じないですか?

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7 :世界@名無史さん :04/05/29 00:41
牡蠣の食いすぎで肥満になった上在位期間1年弱っつー皇帝がいたな


10 :世界@名無史さん :04/05/29 09:31
>>7
その皇帝の名前を探していて、こんなものを見つけました。
ttp://www.asyura2.com/tv02.htm
ここの「享楽のローマ」以降の内容みたいなものを、もっと色々集めてみたいかなー、と。


11 :世界@名無史さん :04/05/29 13:53
ローマ貴族の子弟達は、
吐きながらでも美食のために豪華な食事をその日一日続けていたとか。


12 :世界@名無史さん :04/05/29 13:55
大帝国の衰退は、内部崩壊がほとんど。
つまり、堕落、退廃、姦淫、美食が原因なのである。

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13 :世界@名無史さん :04/05/29 14:00
ユウェナリスは、ローマ市民が求めるのはパンとサーカスだけだ、と
嘆いた。この「パンとサーカス」というフレーズは後々まで社会批判
のキーワードとなる。


14 :世界@名無史さん :04/05/29 17:16
パン=衣食住など生存に必要なもの、
サーカス=楽しみ・生きがいと考えれば、
きわめて当然な事を言ってるだけなんだよなー


15 :世界@名無史さん :04/05/29 19:58
逆に言えば、為政者はパンとサーカスに象徴される生活必需品と娯楽を
供給してさえいれば(実はそれもけっこう難しいことではあるのだが)、
たとえばネロ帝のようにムチャクチャしても市民には支持される。


16 :世界@名無史さん :04/05/30 20:33
問題は、パンとサーカス「だけ」ということでしょう。
ゆうなれば消費にしか興味を持たない人間ばかりになってきたと。
帝国の中枢たるローマ市がそれじゃあ滅びてもしょうがあるまい。


17 :世界@名無史さん :04/06/02 02:02
しかもその「パン」供給を維持するために属州から搾取を強めていったのが
反感を買ったともいえるかも。


22 :世界@名無史さん :04/07/03 03:57
>>16
その理屈でいうと我々日本人ももうすぐ滅亡しそうですなw
世界の中枢でもなんでもないけど。
まあ、実際には、それでも多くの人間は懸命に働いてますが。
またその一方で、
後世、歌舞伎町などの跡がそのまま遺跡なんかで出てしまったら、
日本人とはなんて連中なんだ、
などと思われてしまいそうですね。

>>17
属州の反乱などは共和制時代に比べても減った
というのがモムゼンの評だったと思ったけど。
よろしければ、「属州から搾取を強めていった」
という論拠となる資料を教えていただけますか?


238 :世界@名無史さん :2007/03/09(金) 16:45:53 0
>>16
だから、バランサーとして神聖にして不可侵な宗教的権威が必要だったのだよ。


239 :世界@名無史さん :2007/03/12(月) 23:48:03 0
>>14
パン=生活必需品 食料、水、電気、服
サーカス=ギャンブル パチンコ、競馬

現代風にこう考えればわかりやすい

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41 :世界@名無史さん :04/09/11 01:15:18
元老院議員ってどうやったらなれるの?
選挙?世襲?


42 :世界@名無史さん :04/09/16 11:16:36
護民官就任とか。


43 :世界@名無史さん :04/09/18 10:15:22
ローマ皇帝って世襲じゃないよね。選挙で決めるの?


44 :世界@名無史さん :04/09/18 10:21:11
>>43
皇帝自身が後継者を指名するのが原則。
一応、元老院の同意も得たと思う。

元老院が擁立したこともある。
実際には、近衛軍など軍隊が廃立することが多かった。


45 :世界@名無史さん :04/09/18 10:31:00
>>41
形式的には、元老院自身が、議員の推薦で、欠員を補充した。
実際には、特定の門閥出身者が独占。


46 :世界@名無史さん :04/09/18 19:15:00
>>44 ちがうよ。
軍隊が推薦し、元老院が承認し、
ローマ市民に対して就任宣言をする。
これは大原則。
皇帝自身や元老院が後継者を指名するのは、
軍隊に彼を推薦してくれという希望にすぎない。

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49 :世界@名無史さん :04/09/19 07:23:02
「退廃」「悪徳」というが、
当時のローマの上流階級にとっては「洗練」「上品」だったんだろーな、、


51 :世界@名無史さん :04/09/21 09:20:07
>>49
平安期日本にも、「色好み」がカコイイという考え方があったしな。
ローマでも、「他所の女/男に手も出せない/セクースもできない奴は風雅
を知らない」「一夫一婦で満足できるのは下賎/無教養な民だけ」ぐらいの
ことが言われてたのかもしれんね。


53 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/09/27 01:01:07
>>51
>平安期日本にも、「色好み」がカコイイという考え方があったしな。
ここでいう「色好み」とは「もののあはれ」を知り、歌などの才も心得た人で
したが、一夫一妻なんて善人を通り越して「痴の様」扱いでしたね。
何処であれ、「出来る」環境下では生れて来ても別におかしくはない。


54 :世界@名無史さん :04/09/27 01:46:26
高1のときの俺の作文(古文の授業にて)
平安貴族は女性のことを考える暇があるんなら、
もっと政治(特にインフラ)のことを考えればいいのに。


55 :世界@名無史さん :04/09/27 16:21:29
フランス革命前のフランス宮廷貴族の間でも
愛人を持たない方が変人扱いされたらしいでつね。

でも、昔の大貴族はヤリ放題、ってえのはどうなんでしょう。
やっぱり、「色好み」として評価を受けるだけの教養やら洗練やらがなかったら、
大貴族でも女に相手にしてもらえなかったり、陰で嘲笑されていたりしたのでは?


56 :山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/09/27 19:52:07
>54
道の整備や橋の架設は、宗教者任せでしたね。彼らの発想は、基本的に都と
いうか五畿内中心です。
飢饉や疫病流行の際に大路・溝を清掃させた他、六国史には道端の占有や災
害時の対応(死者の埋葬や賑給など)についても色々と書かれていますが。
それと、当時の貴族はイメージされている以上に過酷な(政治)生活を送って
いました。遊んでばかりいた訳ではありません。
>55
>フランス革命前のフランス宮廷貴族の間でも
夫が妻の部屋に入った時、妻と妻の愛人がよろしくやっていた場合には、
無礼を詫びて退出するのが嗜みであったとか。


57 :世界@名無史さん :04/09/29 17:00:45
結婚は家と家との関係だから、
その関係を壊さない限り、何をしてもいいと言うことですか。
厳しい社会規範を作りその裏で背徳を楽しむ。
退廃的と言えば退廃的だけど、
かなりの教養や洗練が要求される大人の楽しみ、って感じでもありますね。

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112 :世界@名無史さん :04/12/09 00:43:12
NHKの番組について。
帝国崩壊の一番の、そして、直接の原因は、ゲルマン人が諸集団が
民族的・政治的統一を保ったまま帝国内に一種の国家を作り上げた
こと、だと思う。
だから、大事というか一番興味を引くのは、ブリタニアの辺境地帯
の駐屯地がどうだったかではなく、帝国の生命線だったライン・ド
ナウの状況だ。ゲルマン人はそこからやって来たのだから。ダキア
だけではなく、ブリタニアも帝国崩壊前にすでに放棄されローマ人
は撤退・退去してたはずだし。

帝国崩壊の一番の、そして、直接の原因は、ゲルマン人が諸集団が
民族的・政治的統一を保ったまま帝国内に一種の国家を作り上げた
こと、だと思う。
だから、大事というか一番興味を引くのは、ブリタニアの辺境地帯
の駐屯地がどうだったかではなく、帝国の生命線だったライン・ド
ナウの状況だ。ゲルマン人はそこからやって来たのだから。ダキア
だけではなく、ブリタニアも帝国崩壊前にすでに放棄されローマ人
は撤退・退去してたはずだし。
なぜゲルマン人がやってきたのか、どういう具合にやって来たのか、
ローマ側はどう対処したのか・・・・、それがよく解らない。
大体「ゲルマン民族大移動」は、日本の歴史本や教科書ではヨーロ
ッパの地図と移動の矢印が載ってるだけだ。
海外の歴史図鑑だと、ゲルマン人の移動について、アメリカの西部
開拓時代の幌馬車隊のような絵が描いてあったりするが、要するに
実態はよくわかってないんじゃないか・・・。
帝国が内部からゲルマン化してたとか(スティリコ・オドアケル・・
・・)、ローマ市民が惰眠を貪っていたとか(ヴァンダル人がカルタ
ゴを攻撃した時、市民は競技場で見せ物に興じていたとか・・・・)
言われるが、今ひとつ腑に落ちない・・・。
でも、だ。我々がイメージするヨーロッパは、古代ローマじゃなくて、
帝国崩壊後の中世ヨーロッパ。その直接の起源であるゲルマン民族大
移動の時代こそが、いわば現代ヨーロッパの本当の古代とも言える訳
で、闇に包まれているのは仕方ないか・・・。

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115 :世界@名無史さん :04/12/10 01:28:52
スペインの銀鉱が枯渇してから、西ローマは財政破綻していたから、
ゲルマン人でなくとも、色々蛮族が侵入してくるのを撃退できなかったはず。
歳出の4割以上を占める軍隊を維持することができなかったので、
年々規模を縮小せざるを得なかった。
また、残りの歳出の大部分も公共施設の建設と維持に使われていたので、
当然財政を圧迫してくる。

東ローマ(ビザンチン帝国)も最終的にはオスマントルコに征服されたが、
それ以前も北方からスラブ民族の侵入に悩まされていた。
ゲルマン人は狩猟採集民だったため、
侵入されてもまた帰っていくことを繰り返していたが、
スラブ人は定住型の農耕民だったので、
バルカン半島に次々と定住し、勢力を広げていった。


116 :世界@名無史さん :04/12/10 01:32:15
たしかローマの町は西ローマ滅亡後も
ゴート族の国の都としてそれなりに繁栄していたが、
東ローマユスティニアヌス帝の
「ローマ奪還」の戦のせいで荒れ果ててしまったんだよね?

ローマ奪還で肝心のローマ荒らすとはなんともはや・・・


117 :世界@名無史さん :04/12/10 17:30:04
俺が読んだ本では
ローマはユスティニアヌス帝が占領したときは荒れ果てていたと載っていたが
題名は忘れたけど

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161 :世界@名無史さん :2005/06/18(土) 20:21:49 0
ローマの何処が退廃してたか全く解りません。
国家統治は結構最後まで良く治まっていたと思うよ。
キリスト教的原罪意識から言えば問題ありであって
国家しては最後まで立派な方じゃないかね。
中国の宋だって国家しては最後までしっかりしてたけど軍事的にはどうもね。
野蛮な部分が薄れてきたから滅んだのじゃないかね。
滅ぼしたの今の西側諸国だから前政権を悪く言ってるに過ぎない。
権力を握ったものは前の政権を極悪非道と非難するものさ。


162 :世界@名無史さん :2005/06/19(日) 17:31:42 0
古代ローマ社会が退廃したのは末期ローマ帝政期、
つまり、キリスト教時代になってからの事でしかナイ。
セム系の排他的唯一神信仰のみを国教として認めた時期、
すなわちテオドシウス1世の治世以降、国家が東西に分裂する等して
急速に衰亡し人心は荒廃して行った。
それに反してユーリウス・クラウディウス朝~五賢帝の時代は、
至って健康な快楽追求を好む(性愛も飲食も奢侈も肯定する)
マトモな社会であったと云うべきだ。


167 :世界@名無史さん :2005/08/14(日) 23:16:13 0
>>162
>ユーリウス・クラウディウス朝~五賢帝の時代は、
>至って健康な快楽追求を好む(性愛も飲食も奢侈も肯定する)
>マトモな社会であった...
アグリッピーナ、カリギュラ、ネロたちは、健康な快楽追求者だったのかな。


168 :世界@名無史さん :2005/08/15(月) 00:32:36 0
>>161
よく治まっていたというのはどういう意味なのだろうか?
素人の私にとっては、
1)ローマ宮廷の弱体化(外国人化)
2)ラテン語圏とギリシア語圏の分断
3)異教世界(ミトラ教)からキリスト教世界への移行
4)帝国軍団の変遷(歩兵集団から騎兵への移行、ゲルマン傭兵化)
5)商業交易の衰退
ぐらいしかわかりません。(これも正しいのか?)

結局、ピレンヌテーゼに行き着く
と思いますが、ローマ帝国は
カロリング朝から神聖ローマ帝国
へと連綿とつながるのではないでしょうか?

司教座の成立や、異教のキリスト教化
、各ローマ都市(現地の有力氏族のローマ貴族化と
没落)など、よくわかりません。


169 :朱由檢 :2005/08/15(月) 00:41:19 0
ネロ自身はやや優柔不断で快楽的な部分は確かにあったものの、
治世前半はセネカ、ブッルスら有能な補佐で善政を布いてたよ。
治世の後半には大粛清をするものの、ローマの大火など、色々と
枝葉をつけて書いているのはタキトゥスだけなの。

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175 :世界@名無史さん :2005/10/29(土) 20:32:31 0
これはローマ帝国というよりイタリア人の衰退というか変貌なのかもしれないけど、
古代ローマでは後世のドイツ的とも思えるきっちりした法体系とか軍隊とか、
ゲルマン的様式もしくは考え方がみられるけど、それが何故、その後いい加減
というか変貌していったのか不思議。

質実剛健で堅苦しいゲルマンに対して自由奔放で気さくなラテンというのは、
荒っぽいステレオタイプかもしれないけど、ある程度は真実だと思う。

帝国主義や兵制、建築など、ヒトラーの第三帝国が真似したところは多い。
にもかかわらず、イタリア人はそのようなかつての気風はその後希薄に
なってしまった。うまく説明できなかったけど、意を汲んで何故だかわかる人、
お答え願います。

---------------------------------------------------------

186 :高知少将ジーモン土佐守ジョーカー :2005/11/23(水) 13:36:34 0
イタリア人やスペイン人が陽気という
イメージが比較的新しいものらしい、
19世紀後半頃からだったかな?

それ以前は、イタリア人やスペイン人と
いえば狡猾で陰険な連中というイメージが
強かったそうな。 西欧人・ドイツ人の間ではね。

古代ローマ人とは何の関係もないけど。

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224 :世界@名無史さん :2006/11/06(月) 01:53:38 0
ローマのすごいとこは退廃が滅亡に繋がらず長くもったとこだな


225 :世界@名無史さん :2006/11/06(月) 03:30:44 0
>>224
体制危機の度に「帝政の導入」「キリスト教の導入」「遷都」
とか色々やってるからね。

---------------------------------------------------------

252 :世界@名無史さん :2007/09/04(火) 13:49:19 0
ローマ帝国の古代ローマ人ってさぁ

今で言うイタリア人で言いの?


253 :世界@名無史さん :2007/09/04(火) 13:57:02 0
>>252
本人達はトロイ人の子孫だと言うとった>ローマ人


254 :世界@名無史さん :2007/09/04(火) 14:12:43 0
古代ローマ人とは、ローマ市民権を持つ人、ほどの意味。
例えればアメリカ人といっても、
アングロ系、ドイツ系、イタリア系、ユダヤ系、アフリカ系、東洋系、アラブ系、
その他でアメリカ合衆国に住んで税金を納め投票し
兵役を勤めてアメリカ合衆国市民権を持ってアメリカ人というのと同じ。

---------------------------------------------------------

222 :世界@名無史さん :2006/09/16(土) 00:05:40 0
キリストの勝利がローマの退廃の理由だな。どう見ても。
今のキリスト世界を見れば分かる。。。負けないほうがおかしい。


256 :草庵 :2007/09/05(水) 21:57:59 0
ローマ帝国が滅んだ理由。

>>222も書いていたが、キリスト教の跳梁跋扈により、皇帝の
求心力と統治力が低下しているところへ、モンゴル系のフン族
に圧迫されたゲルマン民族がローマ帝国になだれ込んできたため。

大筋はこんな感じ。

当時、無類の完成度を誇ったローマの政体にも、生物と
同じように寿命はある。兵どもが夢の跡。

歴史ってロマンと儚さがあって楽しいね。


257 :世界@名無史さん :2007/09/09(日) 18:37:23 0
>>256
>ローマ帝国が滅んだ理由・・・
39 :世界@名無史さん:2006/06/27(火) 10:41:11
>>38
中小農民の没落→国境警備にゲルマン人登用(農民=重装歩兵だったので)
結果ローマ帝国がゲルマン化。加えて重税による商業の悪化、
地方分権が要員に挙げられる
古代ローマ総合スレッド
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1143779274/38-39

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あとがき
今年最後の更新は歴史ネタで

陰謀論が好きなら歴史とか政治も勉強しなきゃと思って
前からちょっとづつ勉強してるんだけど、
進めていけばいくほど、歴史関係のものを扱い辛くなるというジレンマ。
自分の主観が入り込んでないかなぁ?とか考えたらかなり悩む。
んで、結局中途半端にごっちゃな感じになるわけだw
ちょっと関連した話といえばそうだけど、
この前も歴史の話してて、なんかの拍子に刑罰の話題になったんだけど、
相手が振ってきたのにドン引きされてしまった。
久しぶりに「ウゲッ・・・」って顔されたw
俺的にはというより多分皆的にも大した話じゃなかったんだけどね

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  • 2011年07月16日 10:35
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