週刊弐式(ry

今年はみんなに明るいことがあればいいな

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㊧伝説または逸話㊨

㊧伝説または逸話㊨

1 :あなたのうしろに名無しさんが・・・ :02/09/18 17:41
なんかねーかよ?

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36 :あなたのうしろに名無しさんが・・・ :02/09/22 18:31
オーストリアに生まれたザッヘル・マゾッホは、女性からの被虐の
快感に陶酔する人物だったが、その体験を文学化して一躍ヨーロッパの
有名作家となった。
彼は、最初の妻に姦通され、妻とその男に全ての財産を持ち去られた。
しかも、彼女は離婚の証明書にサインしなかったため、2度目の妻と
正式に結婚できなかった。
彼の名前を元にドイツの性心理学者クラフト・エビング博士によって
性倒錯の症例として「マゾヒズム」と造語されてから、いかがわしい印象
を与えるようになり、彼の作家的名声はなくなった。

これがマゾの語源・・・真反対のサド侯爵は、本人が「地上からの痕跡」が
消え去る事を祈ったが「サディズム」と彼の作家的名声も充分に残ってしまった。

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53 :好爺 :02/09/26 15:36
十字架上のキリストのわき腹をついたロンギヌスの眼にキリストの血が飛び込んできた。
すると、ロンギヌスがそれまで患っていた眼病が治ってしまった。
その事に感動したロンギヌスは、騎士をやめキリスト教に改宗した。
その後、カッパドキアで修道士として28年暮らしたが、一部の反対者に密告され処刑された。

その後、彼の殉職を記念して建てられた聖ロンギヌス教会で
神に捧げるパンが肉に、赤葡萄酒が血に変化するという奇跡が起きたと言う。

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55 :あなたのうしろに名無しさんが・・・ :02/09/27 01:07
第二次大戦中、アメリカ太平洋沿岸在住の日系人はカリフォルニアのトゥールレイクの隔離施設に収容された。
そこで囁かれた噂。

人魂を見る。
狸や狐が跳梁する。
女が狐に憑かれる。
女が狸と訳のわからない言葉で話しているのが目撃される。
そのうち施設内を侍が徘徊し始める。
そのうちロスに12冊の電話帳を一撃で真っ二つにする侍が潜んでいると噂になる。

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54 :あなたのうしろに名無しさんが・・・ :02/09/26 18:13
シャチってクジラ食べるんだぜ。あんなでかいクジラをどうやって仕留めるかと
いうと、群れで次々とクジラの上に乗って、クジラを溺れさすんだよ。んで6時間
くらいかかってやっと仕留めんだけど、シャチはクジラの下アゴの部分しか食べな
いのよ。


58 :あなたのうしろに名無しさんが・・・ :02/09/27 13:25
>>54
もったいない
実に無駄な狩だねぇ


59 :あなたのうしろに名無しさんが・・・ :02/09/27 13:40
>>58
沈んで腐った鯨の肉を、深海の魚たちが食すので無駄じゃない罠。


60 :54 :02/09/27 14:09
>58,59
59の言う通り無駄ではないのよ。残りは深海に沈んで、海底ウナギに食べられる
のよ。その深海ウナギってのが不気味な奴で、目は見えなくて、体長は2メートル
くらいあって、太さが大人の腕くらいある。しかも集団でクジラの死体をついばむ
から、もののけ姫のイノシシにとりついてたミミズみたいに見えて気持ち悪いのよ。
あと、深海サメとかも死体食ってた。


61 :あなたのうしろに名無しさんが・・・ :02/09/27 14:18
>>60
確か歯がないウナギで、擦るみたいにして食うんだよな。
残るは鯨の骨ばかりなり。思い出すとキモゲロイ。


62 :54 :02/09/27 15:26
>61
そーいや、そーだ。奴等は歯がないから、死骸に吸い付いて食べるんだ。


128 :あなたのうしろに名無しさんが・・・ :02/10/10 22:36
>62
深海ウナギってのはメクラウナギの類のことだろう。
奴らは円口類なので顎がないが、歯はあるよ。それも
すごいヤツが。

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89 :好爺 :02/10/03 23:06
『チュイルリー宮殿の赤い男』と呼ばれている赤い服の男がいる。
彼は、チュイルリー宮殿の主に良くない事が起きる前に現れると言う。
アンリ四世の時は暗殺される日の早朝に現れ、
マリー・アントワネットはフランス革命の前夜にこの赤い服の男と会っている。
ナポレオンは、この赤い服の男と会話した数ヵ月後にエルバ島へ流された。

この赤い服の男は、“サン・ジェルマン伯爵”ではないかといわれている。


299 :好爺 :02/10/30 01:44
1750年頃ルイ15世に在オーストリア大使のベイアイル元帥がサン・ジェルマンと
名乗る不思議な男がフランスに来ているので一度宮廷に招いてみたらとすすめた。
ベイアイル元帥が言うには「何者かわからないが、恐ろしく博識で化学や錬金術に
関する知識は他に並ぶものがなく、黄金や不老長寿の薬まで作っていて、その上
途方もない大金持ちでもあるそうです。」
物はためしにとサン・ジェルマンを宮廷に呼んだ。
見るところ、年のころ40歳ぐらい。小柄な体を白いサテンのネクタイと黒いビロード
の服につつみ、高価な宝石をふんだんに身につけている。物腰も洗練されており、
なかなかの美男子ではあるが、特に変わっているようにも見えなかった。
ところが次の瞬間、挨拶したかと思うと突然ポケットから無造作に一掴みのダイヤモンドを
取り出し、テーブルにばらまいた。「どうぞ、お受け取りください。贈り物です。」
「こんな素晴らしい物をどこで・・・」
「買ったのではありません。私が作ったものです。」
これ以来サン・ジェルマン伯の名はパリ社交界に知れ渡ったと云う。

サンジェルマン伯は暇があるといろんな突拍子もない話をして人々を煙に巻いた。
200年ほど前スペイン王国のフェルナンド五世の大臣をしたことがあると言い張り、
当時の極秘文章を懐から取り出して見せたたと云う。
また、彼の話しは聖書の時代まで遡り、キリストやシバの女王と親しく交際していた
とか、アレキサンダー大王がバビロンの都に入場する時も自分もその場にいたとか云った。
ある日、彼にあったジェルジ伯爵夫人がしばらく彼の顔をまじまじと見た後
「あなたは私が40年前にヴェニスでお会いしたかとそっくりですわ。でもあの時
あなたは45歳ぐらいでした。きっと人違いでしょう。」
「いいえ、マダム。確かにあなたが40年前にヴェニスであったのは私です。
あの時、あなたのご主人は確かイタリア大使でしたね。」と彼は言った。
この話しは、たちまち宮廷中に広まった。これが本当なら彼は90歳以上になって
いるはずだが、見た目には40歳ぐらいにしか見えないのだ。
此処まで来て人々はサン・ジェルマン伯がフランスにきて何年も経つのに
まだ誰も彼が食事をしている所を見たことがないのだ。晩餐会に招いても断るし、
たとえ出席しても、一切物を食べないし、酒すら飲んだ事はない。
そこで人々は、彼が不老不死の霊薬を持っているのではないかと噂しあった。


301 :あなたのうしろに名無しさんが・・・ :02/10/30 12:34
>>299-300
で、そのジェルマン伯は今いずこに?
流石にもう死んだ?(w


303 :好爺 :02/10/31 02:38
>>301
サンジェルマン伯の最後は明確ではないがドイツのエッケンフェンデの教会に
「世にいうサン・ジェルマン伯又はヴェルダン伯爵。1784年2月27日死亡」と
記されている。死因はリューマチと鬱病ではなかったかと言われる。
しかし、1789年マリー・アントワネットにサン・ジェルマン書名の「最後の警告です。
ルイ16世を退位させなさい。」と云う手紙が届いている。また、彼女が捕えられた頃
彼女の侍女の一人がサン・ジェルマン伯を見かけている。
ほかにも、ナポレオンが彼に忠告を受けたとか、イギリスのチャーチル首相が彼に
会って助言を受けたとも言われている。
さらに最近では、1972年のフランスでリシャール・シャンフレーと云う若者が
TVに出演してキャンプ用のストーブで鉛を金に変えて見せた後、自分は
サン・ジェルマン伯爵だと名乗ったと云う。


305 :好爺 :02/10/31 08:17
サン・ジェルマン伯の不死性は、いかがわしいものはあるもののその他の技術は
相当な成果をあげているといっても良い。
有名な色事師のカサノヴァは「彼はひどく博学で、いろんな国の言葉が話せた。
大音楽家で、化学者でもあり、それに美容効果てきめんの不思議な化粧水を惜しげもなく
ばらまくので女達の人気者であった。彼は人々の度肝を抜く事を平気で口にした。
溶かしたダイヤからもっと良質のダイヤを1ダースも作ることが出来るとか、
エリクシールと云う特別なものを飲んでいるので自分は老いる事もなくもう何千年も
昔から生きているだなどと・・・。」
哲学者ヴォルテールは「サン・ジェルマン伯と云う男はあらゆる事を知っている」
と感嘆している。彼等ほどの文化人がこうも言っているということは只の変人ではないと
思われる。

あるときサンジェルマン伯は、ルイ15世から傷のあるダイヤを預かると
一ヵ月後にはその傷を消してしまったと云う。
また、オーストリア領ネザーランドの総督コベンツルはサン・ジェルマン伯の
さまざまな技術をベルギーのトゥルネー工場で実用化することになった。
彼の秘術の数々、卑金属を貴金属に変える錬金術、絹などをカラフルな色に変える
染色技術、皮をなめして驚くほど滑らかにする皮革技術などである。
これらの秘術を提供すると言う約束でサン・ジェルマン伯は10万グールデンを
受け取ったが秘密の全てを渡さないでさっさと姿を消したものの秘術の一部のみで
その工場は大成功だったと云うからその秘術は実践的であっと考えられる。

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115 :好爺 :02/10/08 23:18
パラケルススの“ホムンクルス”の伝説
製造法は、男性の精液をレトルトに入れて密封して生きた馬の子宮の中に置く。
温かい子宮の中で精液はまもなく生動しはじめる。
40日後にいよいよ人間らしき形のものが現れるが、それは透明でまだほとんど実体がない。
これを人間の血の中で40週間、馬の胎内と同じ温度で養うと小さな人造人間“ホムンクルス”
が誕生する。
伝説によればパラケルススは自分の精液を用いて、実際に造ったという。


116 :あなたのうしろに名無しさんが・・・ :02/10/09 00:12
レトルトって何?それに入ったまま,馬の子宮にいれるの?


118 :好爺 :02/10/09 00:37
レトルト:化学実験用の試験管みたいなものガラスの入口を熱で密封する。
レトルト食品の語源
それに入れたまま馬の子宮に入れるって・・・まあ、精子だけで出来るとは思わないが。
本人がきちんと文章に残したわけでもないので
伝説ですから・・・。そうですよね、桐生さん。


120 :好爺 :02/10/09 11:19
前述のパラケルススの本名をボンバツス(Bombast)は英語で“誇大妄想症”の意味となった。


122 :あなたのうしろに名無しさんが・・・ :02/10/09 15:19
>>120
「パラノイア」じゃないの?
こっちのがパラケルススに近いし。


129 :あなたのうしろに名無しさんが・・・ :02/10/10 22:48
( ´_ゝ`) 「パラノイア」paranoiaは
       接頭辞para+nous(希:ヌ-ス=精神)+接尾辞iaだとオム。
       パラケルススってどういう意味か気になるなぁ。


130 :好爺 :02/10/11 00:21
>>129
パラケルススのことが詳しく書いてあります。
http://www7.ocn.ne.jp/~elfindog/PARACEL.htm
パラケルススの意味も・・・
パラ(超える存在)+ケルスス(ローマ時代の名医)
ということらしい。


142 :あなたのうしろに名無しさんが・・・ :02/10/12 22:52
>120
パラノイア>偏執狂
メガロマニア>誇大妄想狂


148 :好爺 :02/10/13 00:42
>>142
そうですね。
bombast:大言壮語、大法螺を吹く
bombastic:大げさな
ですね。心理学的にはmegalomaniaのほうが一般的みたいです。
訂正しておきます。


124 :好爺 :02/10/09 22:15
パラケルススは大法螺も吹きまくった一方で医者として奇跡の治療を行なった
エピソードも多い。
1526年スイス、バーゼルで他の医者が足の切断を提案するほどの疾患を持った男の
足を切断することなく治療したり、街中の医師が見放した少女(生まれつき体が麻痺
していた)を歩けるまでに治療したりしてた。
1527年にはスイスのバーゼルに医師兼医学教授と言う名誉ある地位で招かれた。
彼の代表作でもある『大外科学』第一部、第二部は数ヶ月もたたぬうちに売り尽くした。
ただそれと同時に予言書をだしたり、大学と喧嘩をしたりとか・・・。
結局、教授職も捨てる事になる。
こう云う素地が“ホムンクルス”の伝説を生むのです。

ただの馬鹿の独り言ではないのです。


126 :好爺 :02/10/10 22:19
パラケルススは死後蘇生術を実験してたとの伝説がある。
自らの死期が迫ったことを予感した彼は、助手に霊薬を渡し、自分の死後
その死体を細かく刻んでこの薬にまぶし、それを容器に密封して九カ月後に開くように命じた。
死後、助手はそのとおりにしたのだが、好奇心から七カ月後に容器の蓋を開けてしまった。
中を覗くと容器の底には小さな胎児のようなものが蠢いていたが、外気に触れた為に
絶命してしまったと云う。


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137 :好爺 :02/10/12 14:52
19世紀初めバイエルンの通りにボウボウの髪に泥だらけの服と言う格好で
酒に酔ったようにふらふらと歩く奇妙な少年が発見された。
やがて彼は警察に預けられた。言葉は片言で名前を聞くと「カスパール・ハウザー
(カスパー・ハウザー)」と答えた。16歳にしてはあまりにも無知であったが、
ニュールンベルクの名士であるダウマー教授に預けられるて教育をうけると
数ヵ月後には読み書きや計算は言うに及ばずピアノを弾けるようになでなった。
しかし、1年後に黒い覆面の男に襲われ、表れてから5年後の1833年12月14日
何者かに襲われて命を落した。
各地で彼の出生や生い立ちを調べたが未だになにもわかっていない。
彼の名前をとって“ひきこもり”を『カスパール・ハウザー症候群』という。

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141 :好爺 :02/10/12 22:50
フランス、太陽王ルイ14世の時代にラ・ヴォワザンという宝石商の妻だった女性がいた。
彼女は、占星術やタロット占いに通じており、自分の豪邸でパーティを催したり、
悩み事のある貴婦人の身の上の相談にのってやったりしていた。
彼女は此処で媚薬を渡したり、堕胎をしたりしていた。
さらに黒ミサを行い10年間で2000人以上の赤ん坊を殺したと言われる。
彼女は警察に捕まり、足の甲を木槌で叩き潰すと言う拷問により全てを告白したが、
捜査線上にルイ14世の愛人モンテスパン候妃の名前があがったため、
それまでの捜査資料を全て焼却させ、ラ・ヴォアザンも火焙りの刑に処した。

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151 :好爺 :02/10/13 20:33
1703年11月19日パリのバスティーユ監獄で鉄仮面を被せられたままの囚人が獄死した。
彼はバスティーユ監獄にいた時は特別待遇で専用の部屋や食器が与えられていた。
食事する時や医者に診察する時ですら鉄仮面をはずさなかったが34年の獄中生活の
うちに16人の人々がその秘密を知ってしまった。
そのうち8人は口が軽かったのか、命を落した。そして完璧に口外しなかった者の中には
高額の恩賞に与ったものがあったという。


152 :あなたのうしろに名無しさんが・・・ :02/10/13 21:47
>151
映画にもなったよね~。
これって向こうで言えば都市伝説みたいなもんなのかね~


153 :好爺 :02/10/13 22:05
>>152
実話です。ただ、彼の死亡台帳には“無名”と記入されてサンポール墓地に埋葬された。
彼の正体はマスコミが発達していなかった当時みんながその顔知っている顔つまり
国王の親族ではないかと言われている。
ルイ14世の双子の兄弟とか腹違いの兄弟とか言われている。

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155 :好爺 :02/10/14 20:59
空海が唐から帰ってきて真言密教のさまざまな呪法で権力者たちの信任を得て、
僧都の位に登った頃、共に護持僧を務めていた興福寺の守敏という僧都がいた。
ある日、守敏僧都が嵯峨天皇に「この栗を煮てみよ。」と命じられた時
それに対して守敏は、法力により栗を煮たという。嵯峨天皇はこれに大変感心
されて、それからは薬湯なども温めさせた。
しかし、それを耳にした空海は「私にも見せて欲しい。」と頼み、守敏が加持を
してもそれを自分の験力でそれを阻止したという。

さらにどちらからともなく互いに殺そうと呪詛しあったという。
二人の験力は均衡して呪詛合戦は長期に及んだが、いっこうに決着がつかなかった。
そこで、空海は、弟子たちに自分の葬式道具を買いにいかせて「空海僧都が
亡くなった。」と噂を流した。それを聞きつけた守敏は喜び、呪詛を終えてしまった。
空海は守敏が罠にかかって結願したことを聞きつけるとさらにいっそう精進して
祈祷したため、守敏は亡くなってしまった。


157 :あなたのうしろに名無しさんが・・・ :02/10/14 21:20
坊さんが人を呪っていいのか!空海!
と思わず突っ込みたくなりますた。


158 :あなたのうしろに名無しさんが・・・ :02/10/14 21:35
密教坊主なんてある時期呪殺専門家だったよ。

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168 :好爺 :02/10/16 00:19
1885年ピレネー山脈のフランス側に位置するレンヌ・ル・シャトーという寒村に
ソニエールという司祭が赴任してきた。彼は大変貧しかった。
ところが、1891年教会の祭壇を修復する途中、柱の中から木製の筒に入った文書を
発見し、その文章を解読した後、祭壇の下の石板をはずすと宝がぎっしり詰まった
壷を発見して一躍大金持ちとなった。
その金額がどれほどかは不明であるがパリの銀行が司祭の為だけに村に連絡員を駐在
させたくらいだった。司祭は、村人の為に道や水道を整備し、教会を改装して
自分自身は別荘を建てたりした。しかし、司祭は金の出所については一切口をつぐんだ。
噂は噂を呼び、テンプル騎士団の財宝を手にしたのだとか、キリスト教カタリ派が
隠した財宝であるとか噂された。中には財宝ではなく、鉛を金に変える賢者の石を
手にしていたと噂す者もいた。
1917年彼は息を引き取る直前、隣の教区の神父を呼び、最後の告白をした。
部屋から出た神父は顔面蒼白となり、告白内容があまりにも衝撃的だった為
笑顔を失ったとの記録がある。だが、その告白内容についての記載はない。


169 :あなたのうしろに名無しさんが・・・ :02/10/16 01:29
好爺さん、気になりますよ~。
これなんじゃないの?とかいう説は無いのでしょうか?


171 :好爺 :02/10/16 09:19
最も有力な説は、テンプル騎士団の財宝説である。
その理由は、木製の筒の中の文章を見つけた後に有名な音楽家ドビュッシーに出会って
いる事である。ドビッシューはテンプル騎士団の残党による秘密結社の一人とも言われて
いるからである。ちなみにテンプル騎士団とはキリスト巡礼者を警護する為に12世紀に
結成され、巡礼者からの寄付により、巨万の富を蓄えたとされる組織である。
次はキリスト教カタリ派の物ではないかとの説である。
言い伝えによるとカタリ派はキリストが磔刑になったことを信じなかったために、
強行に抹殺されかかり、難をのがれた4人が大量の財宝を持って姿を消したと言われている。
又この司祭以外に古来から大量の金貨が発見されたとの噂や20kgもの金の延べ棒や、
大きな黄金の像のかけらが発見されてもいる。

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173 :好爺 :02/10/17 09:45
18世紀のヨーロッパで宮廷に自由に出入りし、社交界で人気を集めていたカリオストロ伯
と云う男がいた。彼は、交霊術、魔術、予言などを行い錬金術で非金属を金に変え、
ペテルブルグではロシア皇帝の侍医さえ見放した病気を治したという。
また、この男はマリー・アントワネットの男子出産を予言し的中させたという。

カリオストロ伯は、パリのタンブル地区で数多くの病人達を治療したが、相手が金持ち
だろうと貧乏人だろうと一切治療費を取らなかった。病人の脈を取りながらその人が
患った病名を過去にまで遡って当て、予防法や治療法を教えていた。
その処方箋は、植物の樹皮や根を配合した物であったと言うが、彼自身は医学的知識
はゼロに近かったというから不思議という意外に言いようがない。

カリオストロ伯の不思議な事はもう一つあって、有力者とは関係をもたず
銀行や手形ともまるで縁はなく、生まれもシチリア島の貧しい商人の生まれ
でありながら、おそろしく金を持っていたということである。
贅沢三昧を続け、召使いまで侍らせていた資金源が何処にあったのかは、不明である。
彼は、マリーアントワネットの首飾り事件という詐欺事件に巻き込まれ、
バスティーユに投獄され、何とか無罪は勝ち取るものの、フランスを逃げ出す事になる。
以後は落ち目の人生をたどり、1795年イタリアのサンレオ要塞で獄死する事となる。

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175 :山野野衾 ◆W7NDQJtGoM :02/10/17 13:06
千住あたりの隅田川には鐘ヶ淵と呼ばれるところがあるが、ここには古くか
ら鐘が沈んでいるという伝説があった。
その起源については諸説あるが、一説によれば元々は足立区扇町の瑞応寺の
鐘であった。瑞応寺は夕顔観音で知られる寺であるが、室町時代にこの地に
勢力を誇っていた千葉常胤が娘の夕顔姫の菩提を弔う為に建立した寺。
そこにあった鐘が動かされたのは天文21(1552)年の事であった。

上杉氏を越後に追い、当時日の出の勢いであった北条氏康に千葉氏は
服属。北条方は戦利品として瑞応寺の鐘を持ち帰ろうとした。
ところが隅田川を船で運ぼうとしたところやがてどこからか女のむせ
び泣くような声が聞こえて来た。しかもよく聞いてみると音は鐘の中
から聞こえて来ていたのである。
はじめは風の音であろうとそのまま進もうとしていた北条の兵達。だ
が泣き声は鎮まるどころか大きくなるばかりで、ついには強い風が吹
き雨が降り出した。
恐れた兵達は鐘をその場で水中に投げ入れて逃げ去ったという。

それから二百年近い歳月が過ぎ去った、享保の末の事。この鐘を引き上
げさせようとした男が居た。名は徳川吉宗。すでに八代将軍となってい
た彼は江戸市中から女の黒髪を集めさせそれをより合わせてつくった髪
綱で鐘を引き上げるように命じたのであった。
綱を鐘に結びつけるように命じられたのは潜りの名人で龍太郎という男。
将軍家より拝領した菊一文字を咥え、竜頭に綱を結び付けようとしたそ
の時であった。

突然水底の暗がりより一人の美しい娘が出て「これは主の定まった鐘
ですから」と言って止めて来たのである。
だが自分も将軍家の命令でやっているのだから止める訳にもいかない。
龍太郎がそう言うと娘は「ではあなたのお顔を立てて水面まで」と許
可をくれた。
龍太郎は水上に戻って合図を行い鐘は水面近くまで引き上げられた。だ
がそこまで来て髪綱は切れ、鐘は再び水底へと消えて行った。
その時竜頭がきらりと光ったようで気味が悪かったという。
鐘は明治までは時折水の澄んだ時に見る事が出来たというが、今ではち
らりと見たという話も聞かれなくなった。

またある時には江戸城内で妙な噂が囁かれた事があった。なんととう
の昔に死んだ筈の六代将軍とその愛妾が舟遊びをしているのを見たと
いう者が何人も現れたのである。
妖怪の仕業だと睨んだ吉宗が家臣に命じて鉄砲で狙撃させたところ、
一メートル以上もある大猫が死んでいたとか。
また吉宗が狐憑きを脅し挙げて狐を離れさせたという事もあった。同
様の話は豊臣秀吉のものとしても伝わっている。


182 :あなたのうしろに名無しさんが・・・ :02/10/17 18:52
さすが暴れん坊だな。

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187 :山野野衾 ◆W7NDQJtGoM :02/10/18 11:35
古代エジプトの第18王朝のトトメス4世がまだ王子であった頃の話である。
ある日彼はギザのピラミッド周辺で狩りを楽しんだあと、砂に首まで埋もれ
てしまっていたスフィンクスの傍らで仮眠をとった。
すると夢の中に地平線の守護神であるスフィンクスが現れ、「私の周りの砂を
除いてくれるならお前を王位につけてやろう。」と言った。
目覚めたトトメスは早速周囲の者達に命じて砂を除去させたが、はたして彼は
兄をさしおいて王位につく事が出来たのであった。
その事を感謝したトトメスが奉納した石碑が今でもスフィンクスの前足の間に
存在している。

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188 :山野野衾 ◆W7NDQJtGoM :02/10/18 11:39
宇多天皇がまだ源の姓を授かって臣籍降下しておられた頃、夢に加茂
の大明神が現れて訴えて言った。
「他の神々には年に二度の祭りがあるというのに私には一度しか無い
のが寂しい。どうか秋にも祭りを行って欲しい。」
「しかし、私は卑しい身(天皇ではない)ので出来ません。」
「案ずるでない、いずれ出来る身にしてやろう。」
やがて神託の通り宇多天皇は即位する事が出来たので、秋に加茂社で
祭りが行われるようになったのであった。

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189 :山野野衾 ◆W7NDQJtGoM :02/10/18 12:04
本能寺の変の直後、壮麗さで欧州にも知られた安土城も主の後を追う
ようにして炎上し、地上からその姿を消した。
それから数年後の夜中。財宝目当ての三人の浪人が安土城の焼け跡を
探索していた。
しばらくあちこちをひっくり返していたがやがて蜂の羽音のような妙
な音が聞こえ、更にときの声のようなものまで響いて来た。
振り返ってみると何処から出て来たのか多くの兵達が自分達に向かっ
て来ていた。慌てて応戦する三人。
だが向こうは切って来るのに自分達の攻撃は宙を切るばかりで当たら
ない。気がつけば二人が死んでいた。

三人目はなんとか麓まで逃げ切ってこの事を伝えたが傷は深く間も無
く死亡。死の直前に
「兵達の向こうに槍のようなものを構えていた白い寝巻き姿の男が見
えたが、それが一際恐ろしく感じられた」
と言ったという。この事を聞いた豊臣秀吉は亡き主の供養を命令。以
後城跡にわざわざ行く者がいなかったせいもあってか、怪異は絶えた。

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196 :山野野衾 ◆W7NDQJtGoM :02/10/18 21:51
慶長14(1609)年4月4日の朝、家康が居た駿府城内に小児のような
肉の塊の化け物が現れた。上方を指すようにして歩いていたという。
気味悪がった家康は家臣らに命じて追い払わせたが、後にそれを聞いた医師
は「それは肉人というもので天下の妙薬となるものであったのに、惜しい事
をした。」と語ったという。
家康の絡んだ怪異では彼が反魂香を欲しがったというものもあるが、誰を呼
ぶつもりであったのやら。

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197 :山野野衾 ◆W7NDQJtGoM :02/10/18 22:02
上杉家の家臣直江兼続は豪胆な人であった。
ある時化け物茸があると人が騒いでいたのを聞きつけた彼は現場に行っ
て茸を見て言った。
「成る程。確かに大きい。だが化け物というほどではないな。」
次の日、現場に行ってみると今度は茸は人くらいの大きさになっていた。
「おお、これは確かに化け物であろう。だが城門に入るくらいでは大し
たものではないな。」
更に次の日。今度は城門よりも大きくなっていた茸を見て言った。
「おお、これは大きい。しかし人に言われて大きくなるような化け物な
ら恐ろしくは無いな。」
次の日。呆れたのか恐れ入ったのか、茸は消えうせていた。

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204 :好爺 :02/10/19 00:12
1900年7月イタリア国王ウンベルト一世はモンツァ市の小奇麗なレストランで食事を
している時にレストランの主人が自分とそっくりなのに気がついた。
近くに呼び話しをすると似ているのは顔だけでない事に驚いた。
名前、生年月日、出身地、結婚した日、妻の名前、子供の名前まで同じであった。
しかも、彼がレストランを開いた日が自分が王位についた日と同じであったのに
気を良くして次の日の競技会に一緒に観る事を約束した。
次の日になかなかレストランの主人が来ないのを不審に思い侍従に迎えに行かせた。
侍従が戻ってくると彼が自分の銃を掃除している最中に事故で亡くなった事を告げた。
ウンベルト一世はあまりの事にガックリし葬式の花を贈ることを頼んでいる最中に
暗殺者によって射殺された。

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211 :好爺 :02/10/19 03:19
19世紀にイギリス中を震撼させた“ばね足ジャック”と云う犯罪者がいた。
被害者や目撃者の証言によると彼はマントをはおり、角の生えたヘルメット(もしくは
帽子)を被り、表情は人間の物とは思えず瞳はまるで火の玉のように光り、手は氷の
ように冷たく、鋭いカギ爪形をしていたと言う。それだけでも不気味であるが口からは
青い炎や白い炎を吐き出したと言われている。
彼は夜の闇から突如として飛び出しては人々を襲い、時には脅かし、時には乱暴して、
あっという間にたかい塀を飛び越えて屋根に飛び移り、人間とは思えぬ身軽さで、
逃げさてしまうのである。その並外れた跳躍力と身のこなしから、悪魔か怪人の
仕業と恐れられていた。
襲われた番兵が発砲した時には銃を放っても軽々と逃げおおせたからジャックは
不死身だともささやかれた。

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220 :好爺 :02/10/19 21:17
第一次世界大戦中ベルギー造船中のUボートの一台U-65の船体に巨大な鉄材を取り付けて
いたとき、鉄材が突然落下して2人の作業員を無残にも押しつぶした。
この事件は原因もわからず、作業中の事故ということで処理されU-65は最終整備に
まわされた。その最終整備で作業員三人が機関室に閉じ込められ死亡した。
さらに、潜水テストを行なう直前に各所の点検を命じられた作業員がふらふらと
海中に落ち、二度と姿を現さなかった。
これほど事件が続いていても少しでも戦力の欲しかった為U-65は戦闘にかりだされた。
初仕事のパトロール航海を終えて帰港して食料や弾薬を詰め替えている最中に
突然、弾頭が爆発して5人の作業員が犠牲となった。その中に「シュヴァルツェ
(黒い奴)」というあだなの2等航海士が含まれていたが、その後たびたびU65に
姿を現すことになった。それ以降U65は敵艦を撃沈するなどのいくつかの功績を
あげながらも、「シュヴァルツェ」の幽霊が出るとの噂が絶えなかった。
幽霊騒動のほかにも、艦長が飛んできた爆弾の破片によって首をもぎ取られた。
一人の魚雷砲手は正気を失って海に身を投げた。機関主任は滑って脚の骨を折り、
砲兵の一人が波にさらわれて海に消えた。
奇妙な事件を起こし続けたこのUボートは、敵のアメリカ軍の潜水艦の眼の前で
いきなり大爆発して海に沈んだ。

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235 :あなたのうしろに名無しさんが・・・ :02/10/20 10:43
凄い伝説がある。

俺は給食を持ったまま転んだが、中身を一切こぼさなかった。
しかも3回も。

遠い昔の話でさぁ・・・

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240 :好爺 :02/10/21 00:33
1930年11月カナダのチャーチルから500マイル北にあるイヌイットの村で30人の村人
全員がいなくなると言う事件が起きた。もぬけの殻になったテントや小屋を調べると
火を使った跡には手付かずの食べ物がたくさんかけられて、ドアの横にはライフル銃が
立てかけられていた。食器に残っていた穀類を調べると彼らがいなくなってから2ヶ月は
経っており、さらに村から100ヤードほど離れた場所では7匹の犬が飢死にしており、
村のそばの墓地では墓が暴かれて遺体が運び去られていた。
襲撃の後もなく、ライフルも犬も置き去りにしながらなぜ遺体のみを持ち出したのか
全く理由のつけようもなかったが、ツンドラを越えたのではないかと判断され、
捜索隊が出されたが足跡一つ発見できなかった。

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247 :あなたのうしろに名無しさんが・・・ :02/10/22 14:03
伝説というか、我が家の風習レベルなんだが。

ウチでは絶対に鏡を粗末にしてはいけないんだ。
なんでも実家にある鏡。 (三面鏡なんだけど)
ず~と昔、その鏡から「神さま」が出てきて今後の未来を預言して
アドバイスして帰っていったらしい。
ひいじいちゃんしか見ていないんだが、当時28歳くらいだったから
ボケていたわけじゃあないらしい。
当時はどエライ貧乏で、8人兄弟だったのだ。
長兄だったひいじいちゃん以外は全員戦争で死ぬことになるが、死んだ兄弟全員が
自分に乗り移り、幸運をもたらしてくれると・・・
「困ったことがあれば鏡から兄弟たちが教えてくれる」と。
その後事業に成功してからも、鏡はキチンと大事にしてます。
割れたらお寺で供養するのだが、「鏡供養」のあるお寺があったらたぶんそこが
ウチの近所だよ。
だって始めたのはウチのひいじいちゃんだもん。

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251 :好爺 :02/10/22 21:38
江戸中期の『見聞雑記』と云う書に九郎右衛門についての不思議な話が書いてある。
ある時、九郎右衛門は、弟子に早走りの術を教えていた。ところが、途中で空腹を
おぼえたため、弟子と共に姿を消し、近くでやっている婚礼をやっている家に入り込み
客にまぎれて料理を食べた。しかし、弟子は未熟だった為うっかりして術を破り、
姿をあらわした。客がそれに気づいて大騒ぎになり二人はあわてて逃げ出した。

前述の九郎右衛門は松本藩の忍者である。隣の諏訪藩で御家騒動が起き、家老の
千野兵庫が悪い重臣達に欺かれ牢屋に監禁されてしまった。この時九郎右衛門は
頼まれて、姿を消して厳重に警戒されている牢屋に忍び込んだ。さらに兵庫にも
薬を飲ませて透明にして、誰にも見られずに牢屋の外までつれだし、無事に
江戸藩邸に送り届けたと云う。

ある夜、藩主が九郎右衛門を酒宴に呼んだ時に「座興になにか忍びの業を見せよ」
と云った。九郎右衛門は「承知。」と言ったままただ平伏して、額を畳に擦り付けて
いるばかりだった。居並ぶ人々はどんな業を見せるのかと期待していたが何もせずに
時間だけが過ぎて行った。何もせずに平伏している彼の姿が滑稽に見えて人々の間から
失笑が漏れ出した。その時藩主の近くで舞っていた二十人近くの女達の悲鳴や絶叫が
起こり人々が何事かと驚いてそちらを見ると彼女たちは袂で顔を隠しながら、その場で
うつぶしていた。そればかりか彼女らの頭上から真っ赤な腰巻がひらひらと舞い落ちて
きたのである。一瞬の内に彼女たちの腰巻を剥ぎ取り、頭上に舞わしたのだが、
あまりにも早く九郎右衛門が平伏したままのようにしか見えなかったのである。
人々はそのことを知って、その神業に只唖然としたと言う。

九郎右衛門が台所で夕食の支度を始めようとしていると、刺客が彼を狙って
忍び込み、物陰から隙を覗っていた。九郎右衛門は、土間で薪を割ろうとして
斧を振り上げ、薪を真っ二つにした。それと同時に物陰に隠れていた刺客の
片腕も肩から切落とされたと云う。

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262 :好爺 :02/10/23 11:58
小野篁は、遣唐使として選ばれたが、二度航海の途中で失敗し、三度目のとき藤原恒嗣と
意見が対立して、仮病を使い乗船を拒否した。このため嵯峨上皇から絞首刑を命じられたが
藤原良相が罪が軽くなるように頼み、壱岐への流罪に変更された。
その時に「和田の原 八十嶋かけて漕ぎいでぬと 人にはつげよ海士の釣舟」と詠んだ。
この歌は百人一首にも入っている。さて篁はそれから一年余りで赦免状が届き、都へ戻り
出世して参議へ昇進した。
それから暫くして藤原良相が病気で死去してしまった。閻魔の使者に捕えられ、閻魔宮で
罪を糾弾される事となった。その時に閻魔の臣の中に篁がいた。
篁は死罪を流罪にしてもらった恩義を感じており、閻魔に「この人は善心の持ち主で世のために
まだ必要な人です。」と懇願した。閻魔はそれを受け入れたため良相は蘇生した。
蘇った良相は篁に会い、「冥土で助けてもらって、かたじけない。でも何故そこにいたのか。」
とたずねても篁は「他言無用」と答えるだけだったと言う。


263 :あなたのうしろに名無しさんが・・・ :02/10/23 18:06
篁自体が地獄の審判だった,という話はありませんでしたっけ.
昼は人間の役所,夜は地獄の役所で働いているとか.


264 :山野野衾 ◆W7NDQJtGoM :02/10/23 19:07
>263
「今昔物語集」その他に記されております。六道珍皇寺や引接寺に縁のある
人物で、珍皇寺の井戸を通って冥界とこちら側を行き来したとか。
珍皇寺の井戸は今でもお盆になると鐘の音に引かれて御先祖様達が戻って来
られるのに使用されると言われております。
ここにはしょって記すよりは原典をお読みになられた方がよろしいかと。

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268 :好爺 :02/10/24 08:27
出雲の国に調介と言う裕福な百姓がいた。或る日、調介は、友人の家に行ったが、
床の間にたいそう美しい女性の姿絵がかけられているのに気がついた。
調介が思いつめたようにその絵を見ながら「もしこのような美人が生きている
女だったら全財産を投げうっても惜しいとは思わないな。」といった。
「本当にそう思うのなら生きている女にする秘術があるのだが、ためしてみるかい?
その気があるのならこの絵をお前にあげよう。」
「まさか、そんな馬鹿なことが・・・。」
「試した事はないが、疑いながらやってもうまくいかない。本気でやらないと駄目だ。」
「悪かった。俺は本気だ。是非教えてくれ。」
「わかった。それでは教えよう。この絵に向って真剣に呼びかけるのさ。一日も欠かさずに
誰の目にもふれない密室で、百昼夜つづけるのだ。すると絵がお前の言葉に応じるように
なる。その時、八年ものの古酒を絵に注ぎかけるのさ。その瞬間この美人は生きた人間に
なるそうだよ。」
調介は「まさか」と思ったものの、「ありがたい。恩に着るよ。」といい、
友人から絵をもらうと急いで家に帰った。

それから、調介は一室に閉じこもり絵に真剣に呼びかけた。すると不思議な事に
ちょうど百日目になって絵の美人は「私をお呼びになったのね。」と答えた。
調介は準備していた八年ものの古酒をその絵に注ぐと絵の中から美人が飛び出した。
調介は早速食事をを整え彼女の前に差し出したが、彼女は普通の女性と変わらない
ように食べた。良く話をするし、笑顔型ならなく素敵だった。
調介はこの女性を妻にし、子供も生まれた。絵をくれた友人にはお礼をし、恩に報いた。
やがて、疎遠になっていた従兄弟の進兵衛が訪ねてきた。進兵衛は妻子がいることに
驚き、「なんと美しい奥方だ。いつのまに何処から向かえたのか。いままで知らせない
とは、ひどいじゃないか。」調介は「悪かった。」というばかりだった。
しかし、進兵衛が執拗に聞くので小声でいきさつを話した。
進兵衛は驚き、顔色を変え「それは、妖術に違いない。その女は妖婦だ。
幸い私は稀有の名刀を持っているのでそれを貸そう。その刀であの女を殺しなさい。
そうしないと、どんな災いがあるかわかりませんよ。」と進兵衛は忠告した。
調介は半信半疑でその名刀を預かった。

進兵衛が帰ると妻はいつもと異なる険しい態度で調介にいった。
「わたしは、南方に住む仙人です。たまたまあなたに望まれ、この数年妻として
暮らしてきました。でもあなたは進兵衛の言うことを信じて、私に疑いを抱いた。
こうなっては、此処にとどまる事は出来ません。」
そう云うなり、調介が注いだ古酒を吐き出し、子供を抱きかかえると、
空中に消えてしまった。調介は必死に妻を抱きとめようとしたものの、すでに妻と
子供の姿はなかった。調介は「なんと愚かな疑いをだいたものだ」と後悔した。
調介は妻の面影を求めて蔵の中からあの絵を取り出した。なんと不思議な事に
そこに描かれていたのは妻が子供を抱いている絵だった。
いくら眺めても、呼びかけても、絵の中の妻は何もいわなかったという。

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272 :好爺 :02/10/24 20:41
あまりにも有名な果心居士の話
果心居士が京都で地獄絵をひろげて説法して評判になっていた。
それを聞き付けた織田信長が果心居士を自分の屋敷に呼び寄せて評判の地獄絵を
披露させた。迫力の或る絵だったので信長は欲しくなり「買い上げてつかわす。」
といったが、果心は「商売道具の絵だからゆずれない。もし買い上げるなら黄金100枚
を頂きたい。」といった。信長はむっとしたがあきらめた。
ところが、信長の家臣で荒川と言うものが果心居士の態度が不遜だと立腹して町外れまで
つけて行き、いきなり襲い斬殺した。地獄絵を奪い、信長に届けたがそれは白紙だった。

数日後「果心居士が北野天満で説法している。」との噂が伝わり、荒川は
確かに殺したはずだとそこに行くと確かに果心居士は生きていた。
荒川は果心を捕えて奉行所に突き出し「この妖術使いを処罰してほしい。」
と申しでたが奉行はそれまでの経緯を聞くと果心居士に理があると判断して
逆に荒川を拷問にかけて処罰した。
荒川には弟がいて兄の仇だとつけねらいある日討ち取り首を切落とした。
しかし、まもなく首のない死体が起き上がって歩き出し、いずこともなく
姿を消してしまったと言う。

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275 :好爺 :02/10/25 19:18
平安の頃、御所に武徳殿と云う殿舎があり、そこの東には縁の松原が広がっていた。
その松原の西を3人の美しい婦人が東へと向って歩いていたところ、松の下に美しい
顔立ちの男がたたずんでいた。男は一人の婦人を手招きすると婦人はうっとりとして
男のほうへ行った。彼女は男に手を取られて木の下で語り合っていた。
ところが、やがて話し声が全く聞こえなくなった。怪しんで木の下を探したところ
婦人の折れた手足だけが木のそばでみつかったが、首と胴体は何処に消えたのか
なくなっていた。御所の護衛を担当する物が知らせを受けて調べに行ったが、
死体もそこにいた人々も姿を消していたと云う。


278 :あなたのうしろに名無しさんが・・・ :02/10/25 21:25
「宴の松原」と言うが、実際には相当寂れた場所だったらしいよね。
本当は「縁(=フチ、境界)の松原」だったのが、「鬼が宴をしそうだ」ということで
「宴の松原」になったのかも。

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282 :好爺 :02/10/26 01:05
江戸時代上州高崎に横田保庵という医者がいた。るんと云う妻と仲むつまじく暮らしていたが
保庵の医者としての評判が高まるにつれ、「江戸へ来て欲しい。」との誘いがかかり
「江戸で修行してくる。」と単身江戸へ出かけた。当初は真面目に修行していたものの
まもなくある女性と世帯を持ち、医者を開業した。妻のるんが心配して江戸へ使いを
出したが、その使いは保庵からの離縁状を持って帰ってきた。るんはそれが信じられずに
保庵に直接会って確かめようと江戸へ出かけたが、保庵はるんの話に耳を貸さずに
「高崎へ帰れ。」というばかりだった。るんは失意のまま一人で高崎に帰った。
その後江戸の妻が保庵の子を産んだものの一年もしないうちに病死し、しかも二人目、
三人目とも子供が生まれてすぐに死んだ。さすがに保庵もるんの怨念ではと恐れた。
やがてるんは嫉妬のあまり病を患い亡くなった。その知らせを聞いた保庵はさすがに
気がとがめたのか、るんを哀れにおもったのか墓参りに帰郷した。
るんの墓で花を供えて頭をたれた瞬間、るんの死霊が摂りついたものなのか、保庵は
顔を恐ろしげにゆがめ、わけのわからない事を口走りはじめた。さらに自分で自分を
殴りつけ、地面を転がった。そばにいたものが保庵を取り押さえ引きずるように
るんが住んでいた家に連れて行った。だが、保庵はさらに異常になり、うつろな笑い声を
たてながら、自ら柱や壁に体をぶつけた。そして数日後、熱病を患ったようになって息絶えた。

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284 :好爺 :02/10/27 08:54
享保年間のこと、三河国にいわと云う25歳の女性が住んでいた。
彼女はひどく神経質で、夫の帰りが遅いときなどいらぬ勘繰りををして暴れた。
思い込みが強く、夫を誰にも取られたくないと暴れだし、ついに夫はいたたまれなくなり
夫はひそかに逃げ出してしまった。彼女は気づいてあとを追いかけたものの夫の姿は見当たらない。
やがて歩いていくと村人が林の中で死人を火葬しているのが見えた。
彼女は燃える火を見ているうちに神経が切れてしまい、誰もいないのをいいことに
彼女はは半焼けの死体を死骸を火の中から引きずり出し、腹を裂いて内臓をつかみ出し
鉢に入れるとまるで素麺でも食べるように貪り食った。
そこへ村人達が火葬の様子を見に来ると彼女の姿は、まるで地獄の餓鬼のように見えた。
村人達は驚いて彼女を追い払おうとしたが、彼女は獣のように唸り声をあげ、叫ぶように
言った。「こんな美味いものはないぞ。お前たちも食べるが良い。」
彼女は血まみれになって暴れたが、やがて内臓の入った鉢を持ったまま何処かへ
行ってしまった。その夜、僧が近くの山寺で内臓を食っている彼女を見つけ
村中で彼女を追ったが、捕えることは出来ずに、その後彼女を見る事は無かったと云う。
村人達は「愛しい夫に逃げられ、生きながら鬼女になった。」と噂しあった。

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291 :あなたのうしろに名無しさんが・・・ :02/10/29 00:41
川井越前守がまだ次郎兵衛といって御勘定吟味役を務めていた頃の話。

自宅でくつろいでいたときに、庭先で蘭の花の間から三尺あまり炎が立ち上るのを見た。
怪しいとおもい人払いをし、心を静めていたのだが、
炎はますます燃え上がり、隣家との境の板塀から異形の大男が槍を振り回し飛び降りた。
川井はなおも臍を固め両目を閉じ、黙然と半時ばかり対座した。
やがて怪異は収まりほっとしたところ、何やら隣家が騒がしい。
家人に聴きにやらせたところ、隣家の主人がいきなり乱心に及び、刃物を抜き放ちて
荒れ狂っていたらしい。
川井が隙をみせなかった故、かの異形の者は隣家に載り違えたのであろう。

(「思出草子/東随舎著」享和六年)

もういっちょ。

高野山の近くの白髪畑(しらがのはた)という高い山の麓では、若い女がよく行方不明に
なっていた。怪しいものが出るとの噂があった。
ある夕月夜、近隣にすむ若き男女が駆け落ちをし、道を急いでいたところ、
後ろから何者かが追いかけてくる。それが追い越す瞬間、いきなり女を抱きかかえ、疾風のごとく
走り去った。
大事なものを奪い去られた男は、女を求めて山路深くわけいった。
ついに谷川に至ったところ、向こう岸に女を発見した。喜んだ男は
「おーい」
と声をかけた。橋は向こう岸に引き上げられてる。
「その橋を早くかけろ!」
しかし女は頭上の松ノ木を指して泣き出した。
男が見ると、松ノ木には怪物が登っており、下の女を睨んでいたのだ。
男が来たのをみすかして怪物はするすると木をおりると、
目前で女の体から臓物を引きずり出すと、喰いつくしてしまった。あまりのすざましい光景に男がへたりこむと
怪物は息絶えた女のなきがらを松の枝に逆さづりにした。
気を失った男は二人を追った村人達に発見され、そこで一部始終を告げた。
それからというもの、その山には誰も足を踏み入れなかった。

(「遊京漫録/清水浜臣」文政三年)

わざわざ男がきてから女を惨殺、というのが怖かったです。

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296 :文鳥ちゃん☆  :02/10/29 18:47
出羽・陸奥の境に森山大蔵という侍がいた。ある夜、山道を行くと、誰かが
「穂に出る枯れ尾花、たずね来しな、浮き寝の夢・・・」と、謡っている。
こんな夜更けに謡とは、と声のするほうに行ってみた所、そこでは朽ち果てた髑髏が謡っていた。
髑髏は森山を見ると
「わが首に生い茂る草を刈り取って欲しい」といった。森山はその通りにしてやった。
「これで自分の苦しみも消えた。ありがたき武士の情け・・・。」
あまりにも奇異な話故、あくる日森山は殿様をはじめみなの前で昨夜の話を披露したのだが、
当然のことながら誰も本気にしない。弁解すればするほど、面目を失うばかり。
こうきたら、森山も後には引けぬ。
「よし、このことに偽りあらば、一命を賭しても良い。」
そう答え席を蹴ると、さっそくかの山中に立ち入り、髑髏に声をかけた。
「生前はいかなるお人であったか存ぜねど、自分はかかる賭けをしてきた。昨晩の苦しみを救った例として
みなの前でものをいい、謡いをうたってほしい。」
骸骨は快く承知した。

森山がみなの前に再び姿を現し、かの髑髏を殿様の前に差し出した。
しかし髑髏は謡わない。
「さあ、謡え!やれ謡え!!」
それもむなしく髑髏の口から声がもれることはなかった。
もういい訳もきかぬ。切腹も許されぬ。ついに約束どおり森山は裃をはぎとられ、後ろ手に縛られて、
殿様の前にて、首切り役人に斬首された。
 森山の首がコロリと地上に落ちると、そこでようやく髑髏は口を開いた。ガヤガヤと笑い、
「今こそ我が願い敵い、多年の本懐をとげ、恨みもはる月ののぼれば峰の松風・・・・・。」

このことは、以前森山が無実の家来を手討ちにしたことがあり、その恨みがこの髑髏にとどまり、積年の
あだを討ったものであろう、ということだった。

(「黒甜瑣語/人見芭雨」寛政七年)

なんか落語でもこのネタつかわれていたかな?結構有名かも。

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あとがき
長いのって約束だからね。
明後日は分らんけど明日は続き出来る。


いや、でもマジで今週はやばかった。
終わって一息ついた途端意識がぷつん
ああ、あと今週で四捨五入したら30になった
もうこの歳になると別にめでたいとは感じないなぁ
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>>151はなんかそういう小説があった気がする

  • 2007年05月12日 16:38
  • 名無しさん #-
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おめでとさん☆

  • 2007年05月12日 23:43
  •   #-
  • URL
  • [ 編集 ]
 

バネ足ジャックの話モーニングで連載はじまったようですね

  • 2007年05月15日 08:30
  • #-
  • URL
  • [ 編集 ]
 

296のは絵本で読んだ気がする

  • 2007年05月27日 01:47
  • #-
  • URL
  • [ 編集 ]
 

確かに296は覚えがある
しゃべるしゃれこうべ
みたいな題名だったような

  • 2007年06月17日 17:44
  •   #-
  • URL
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