週刊弐式(ry

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切腹・介錯について語らないか? Part2

切腹・介錯について語らないか? Part2

1 :三島由紀夫 :2005/07/04(月) 20:28:39
さ、語れ。

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29 :日本@名無史さん :2005/07/13(水) 21:07:28
ところで介錯のタイミングってどのへん?
腹十文字に切ったあとじゃないと首落としてもらえない?


30 :日本@名無史さん :2005/07/13(水) 23:59:57
江戸時代に入ってからはだんだん儀式的、形骸化して、扇子バラで、
介錯に及んだんだよ。実際にハラを必ずしも切っていたわけではない。
これは、また、介錯人や片付けをする人、場所を提供した人に対する
礼儀でもあったんだよ。あんまり汚されるのを好まないし、武士の気風も
きっと薄れていたんだろうね。。。。

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32 :日本@名無史さん :2005/07/14(木) 20:41:19
四十七士のうちで、実際にハラを切ったのは「間 新六」という
若い武士だけだったといわれる。間は、介錯人が振り下ろすより
もすばやいタイミングで、自分のハラを割き、武士の意地を見せ
たと伝えられる。

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37 :日本@名無史さん :2005/07/15(金) 20:35:04
内臓とか出てくるんだろね、、、


41 :いちご :2005/07/15(金) 22:14:15
>37
深く切れば、腸がはじける様に外に出てくるらしい。

自らそれをさらに引っ張り出し、細かく切った豪傑
もいたとか。
たしか、堺事件(だったか?)、諸外国人の前で切腹を命じられ
たサムライは、自分の腸を引っ張り出して投げつけた
とか聞いたことがある。


70 :日本@名無史さん :2005/07/24(日) 13:10:29
[41]って確認役の外交官がいっぱいおっぱいになって刑執行が途中で取り止めになったとか…


72 :日本@名無史さん :2005/07/25(月) 03:31:59
>>41の事件の事でしょ
切腹した侍にビビった外人が途中でやめさせたんじゃないっけね、確か
オパイは関係ないw


74 :日本@名無史さん :2005/07/26(火) 02:01:38
>>72
フランス公使ロッシュが検使役だったが、20人中11人終了時点で
気分が悪くなり、勝手にその場を去った。
検使が不在となり残り9人は切腹を主張したが中止となった。
ちなみに1人目の箕浦猪之吉は、腸をつかんで引き出し投げつけようと
した。介錯の馬淵桃太郎はあせって3刀目で首を落とした。
1刀目うなじの上部、箕浦「何とせられたか。心静かに、心静かに」
2刀目器官でとまり、箕浦「まだ死なん。切るべし、切るべし」
3刀目で成功。箕浦は痛がらず騒がずすごい。

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94 :日本@名無史さん :2005/07/29(金) 23:44:34
腸をつかんで投げつける類の話は戦国落城秘話につきものの逸話だ。
それだけ勇敢に死に臨んだ、無念の気持ちが強かった・・・、
腹を切ってもそれだけの胆力があった、天晴れ!・・・などなど
軍記物語や武勇伝承の表現として、粉飾して伝えられている場合も多い。


95 :日本@名無史さん :2005/07/30(土) 00:10:20
だから、腸を手で引きちぎることなど医学的に不可能なんだってば


97 :日本@名無史さん :2005/07/31(日) 22:37:23
>>95
だから、かならずしも手のみで引きちぎったんじゃない。
ハラを深く切った切腹の刃で、すでに腸は切れて、露出したものと思われる。
その後に腸を引きずり出したんだろう。また、特に腸を出す場合かき回すように
ハラを斬るとか聞いたこともある。ハラの斬り方にもいろいろあり。
「自殺大全」(あるいは「自殺百科」という題だったと思うが、ハードカバーの本)
を見てみ。切腹した軍人が腸を全部露出している写真が出ているから。

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98 :日本@名無史さん :2005/07/31(日) 23:37:59
切腹について/細川の血ダルマ
 「浅草霊験記」などの実録本に伝えられた細川家の「血ダルマ事件」というのがある。
 江戸も中期の宝永四年、十四万石を加増された肥後細川家の江戸邸では、新たに奉公人を召抱えた。
その時の応募者に、河越秋元家の浪人で大川友右衛門という兄弟がいた。
兄を三百石、弟を二百石で召抱えてほしいというので、
 「何か、とくにすぐれた能力でもあるのか」
 と重役が訊いたところ、
 「何ごともみな人並みで、別にすぐれた芸はありませんが、
私たちは一生のうちに一度でも何か人のやりえぬことえをしたいと常に心がけていますので、
それを目的にご奉公仕りたいと思います」
 という。なかなか面白い答えであるというので、望み通り大川兄弟は召抱えられ、まじめにつとめた。
 数年たって、細川の上屋敷が失火全焼の憂き目にあった。火のまわりが速く、主従一同身ひとつで避難したが、
その時、主君綱利が残念がっていうには、
 「日ごろだいじにしている達磨の掛軸を取りだすことを忘れた。だが、もう術もない。致し方ないことだ」
 それをきいて大川兄弟が申しでた。
 「われら両名に仰せつけくださらば、必ずぶじに取りだしてこらんに入れます」
 「いやいや、これではとても入られぬぞ」
 と綱利はとめたが、兄弟はどうしてもきき入れない。で、綱利も、危うい時はすぐ引き返せといって二人の願いを許した。
 兄弟は喜び勇んで猛火の奥へとびこみ、ぶじにその掛軸をとった。が、四面火の海で脱出は不可能になってしまった。
最初から焼死覚悟でとびこんだ二人は、兄が刀をふるって弟の首を打ち落とし、その腹を割いて掛軸をおしこむと、
自分もつづいて割腹し、弟の腹を覆って折り重なった。
 鎮火ののち、兄弟の黒焦げ死体を調べたところ、掛軸は弟の腹からぶじにでてきた。
 「なるほど、生涯に一度、人のやりえぬことをやったわい」
 人々は大いに感銘して、以来、その掛軸は「細川の血ダルマ」とよばれ、家宝として細川家に伝えられた―というのである。
 体の中で物を守るための切腹というのは他に類例がない。奇談といえよう。

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123 :日本@名無史さん :2005/08/07(日) 03:40:23
ところで切腹っていつごろから始まったの?


124 :日本@名無史さん :2005/08/07(日) 07:44:18
たしか、鎌倉時代前後くらいではなかったか。武士が台頭したころだったと思う。
つまり武士の歴史の当初から自然発生的に生じていった。

当時の切腹は、江戸時代の形式的・儀式的な切腹とは違って、
戦闘の最中における切腹が多く、実際に自分のハラを刀で深く切った。
敵から追い詰められたりしたときなど、立った状態での切腹が多かった。
木を背にするなどして。

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154 :日本@名無史さん :2005/08/11(木) 02:16:05
切腹といえば戦国武将。
関ヶ原前戦の伏見城での集団切腹のあとが壮絶。
切腹現場の床を天井として改装したものが血天井として京都のお寺に残ってる。

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168 :日本@名無史さん :2005/08/16(火) 01:20:24
介錯がいないと、内臓・腸をぶちまけたままで死ぬまで苦しむんだろ
新選組の新見錦みたいに。


170 :日本@名無史さん :2005/08/17(水) 01:03:51
介錯が得られない時は、切腹後自分で喉かき切るんじゃなかった?
義経とか信長はそんな感じだったような。


171 :日本@名無史さん :2005/08/17(水) 02:33:04
介錯なしは、普通腹を切った後喉に刃を当てて倒れこむとか
かっ切る等して自力でトドメをさすやね


173 :日本@名無史さん :2005/08/18(木) 14:28:58
>>170
義経って切腹したの?


174 :日本@名無史さん :2005/08/18(木) 23:36:01
>>173
義経幼少より秘蔵して身を放さずして、西国の合戦にも鎧の下にさされける。
かの刀を以て左の乳の下より刀を立て、後へ透れと掻切って、疵の口を三方へ
掻破り、腸を繰出し、刀を押拭い、衣引掛け、脇息してぞおはしましける。
(中略)判官殿未だ御息通ひけるにや。御目を御覧じ開けさせ給ひて、「北の
方は如何に」との給へば、(中略)「早々宿所に火をかけよ」とばかり最後の
御言葉にて、こと切れ果てさせ給ひけり。
(義経記 巻八 判官御自害の事)

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178 :日本@名無史さん :2005/08/19(金) 18:32:52
オレ
元服の時(15歳)親父に切腹の作法を習った。
ウチの伝統なんだと。

息子にもオレおしえなきゃなのかな・・・・


182 :日本@名無史さん :2005/08/20(土) 02:40:04
>>178
おおっ!奇遇だな。
元服の時かどうかは判らないが、
俺の家も祖父の代までその風習があったぞ。
なんでも何十代前から我が家に伝わる伝統らしいが、
何故か祖父の代から辞めたらしい。

因みに我が家は板東平氏の血筋の某家(傍流)。

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188 :日本@名無史さん :2005/08/23(火) 08:55:30
武市半平太は三段に腹を裂いたって本当?
そのまま前に倒れてしまって介錯ができず、横から心臓に刀を刺したらしいけど。

本当ならゴイスゥ


191 :日本@名無史さん :2005/08/24(水) 02:03:03
>>188
三段に裂いたかどうかは知らんけど、武市はかなりの肥満であったから、
切腹する際に、腹の段になった脂肪の谷間を切った。
そして脂肪の重みで前につんのめった。

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219 :日本@名無史さん :2005/09/05(月) 17:58:55
死なない程度に切腹をする切腹マニアっているらしいね


225 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :2005/10/18(火) 22:58:32
>>219
戦後の『猟奇倶楽部』には、5mmまで切ったら、血は大して出ないし痛み
も然程ではないが、1cmになると痛くなる。しかし、出血は大差ない。
こういった投稿がありました。また、戦中戦後の切腹の目撃談もあった。

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246 :日本@名無史さん :2006/02/01(水) 00:51:52
実際切腹ってすぐには死ねないんだろうね。この板の住人なら皆知ってると思うけど、
介錯なして切腹(割腹)した大西滝治郎中将は十数時間息があったっていうからな。


249 :日本@名無史さん :2006/02/01(水) 06:52:06
>>246
「一人腹」はキツいらしいですよ。
新撰組の吉村貫一郎は南部藩邸で切腹し、なかなか死にきれないので腸を自分で引きずり出し、
小刀で喉や目を突いたり、鼻を削いだりしたって。

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あとがき
最終の引用レスは古いけどまだ継続中。


特に鯨が・・・ってわけじゃなくて、海のにおいが強いのは大体ダメなのね。
色々食べたのよ。ベーコンも、尾の身も、勿論囀りもね。
まああれだ、馬が食いたい。そんな気分になった。
たてがみのとこの肉と赤身のとこを一緒に掴んでぱくりと。
俺の田舎だと普通にスーパーに売ってるけど、
こっちは無いんだよな。


日曜日にロシア人の誕生日を祝ってきたけど、やっぱりあいつらおかしい。
酒に強いとかいうレベルや無い。

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たてがみ、胃もたれしない?

  • 2007年01月24日 21:43
  • #-
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掛け軸は血でパァにならなかったのかしら?
箱かなんかにしまってから腹に入れたのかしら。

  • 2007年01月25日 17:03
  • ( ^ν^)ニュッ #-
  • URL
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大事にしてる掛け軸ならウコン染の布で巻いて桐箱にしまってあったはずだ……と思う。

  • 2007年01月28日 16:56
  • #Ug3XCH.E
  • URL
  • [ 編集 ]
 

最後の貫一のやつは「壬生義士伝」の創作じゃあないか。
史実は鳥羽伏見で討ち死にのはず。

  • 2007年01月29日 01:24
  • #-
  • URL
  • [ 編集 ]
 

あぁ~えんにゃー

  • 2007年02月07日 15:01
  • #-
  • URL
  • [ 編集 ]
最初の切腹 

日本史上、初の切腹者は女。
ダンナの浮気に逆上してというのが理由。
死ぬとか何とかより、はらわた見せ付けてビビらせるのが目的だったと、何かで読んだことがあったな。
女の嫉妬、恐るべし。

  • 2007年09月11日 22:31
  • 東北人 #-
  • URL
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吉村貫一郎のは創作だろ。そもそもあの手の話は創作が多い。

新撰組だし。

  • 2012年02月17日 23:20
  • 新平 #-
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